敬語が使えない
2002年 07月 29日
健常者から見れば、看護婦はかわいい人に目がいくのだろうが、
患者にとっては、もちろんかわいいという基準もあるが、
そんなことより、頼りになるかの方がかわいいよりがるかに評価が上回る。
一人、安達ゆみに似た(というか安達ゆみは僕の中でそんなにかわいいとは思えないので、
それよりはるかにかわいいのだが)かわいい若い看護婦がいたが、
まだ若く経験が浅いのか、あまり頼りにならない。
まあかわいければいいのかもしれないが、特に気になったのが敬語を使えないことだ。
多分22、23歳なのだろうが、ほんとこの世代は敬語が使えない。
別に僕はそんなに気にしないけど、60、70歳の年配の患者に向って、
経験も浅い20歳前半の看護婦が、時折出てしまうためぐちを聞いていると、
こっちがはらはらしてしまう。
まあ看護婦と患者という立場を考えると、看護婦が患者に指示を出すわけだから、
つい命令口調になってしまうのは致し方がないのかもしれないが、
やっぱり年のいった看護婦はきちんと患者に対して敬語を使っている。
若い世代は患者に敬語を使わないのではなく、敬語がしゃべれないだけなのだ。
年配の患者に敬語が使えない看護婦が、上司の看護婦やお医者さんにも当然敬語はしゃべれないわけで、
その辺も一患者ながら実に心配である。
(というのも、看護婦という世界は女性が多い職場だけあって、
また一般サラリーマンとは違い、職人気質みたいなものがあって、
上下関係はうるさいし、年配看護婦VS若い看護婦の構図をよく目にするが、
そんな状況下で、敬語を使わなければ、対立に火に油を注ぐようなものである。
職場の人間関係が悪くなると、当然看護婦同士の連携も悪くなるわけで、
そういったことからも医療ミスを誘発する原因となっている可能性も疑えない)
若い世代が敬語を使えないのは決して悪気があるわけではない。
ただ単に知らないのだ。
そしてある意味「自由」をはき違えた世代でもあり、
最も自分自身がかわいい超自己中世代でもあり、
それのどこが悪いと開き直った(人間のエゴは誰にでも当たり前だとある意味「悟った」)世代であるがゆえに、
敬語を使えないのである。
もちろん敬語を使えないことで、逆に親近感・親密感が湧くというメリットもあり、
僕なんかはたとえばサークルやバイトなどの後輩が、敬語を使えずにしゃべってきても、
仲良くなりやすいからと気にはしないが、看護婦と患者という、友達でも何でもない、
否むしろ、お客様とサービス提供者という関係で敬語を使えないのは、やはり問題があると言わざるを得ない
ただ敬語を使えない若い世代のために弁解をすれば、それは育った環境のせいなので、同情する余地はある。
<若い世代が敬語を使えなくなった原因>
・地域社会のつながりが薄れにより、遊ぶ世代が同年代に限られてしまう。
(都市型社会のために、その地に代々住んでいるという土着性がない。
親の転勤でころころ住む場所が変わる引越しが多い世代。
一戸建てではなく、賃貸中心やマンション・アパート住まいで育った世代ゆえ、
自然と近所つきあいは薄くなる)
子供の時に年齢を問わず幅広い世代と遊んでいれば、そこでまがりなりにも先輩後輩の関係を学ぶ。
そういったことから敬語の必要性が出てくるわけだが、
地域社会の薄れにより同年代としか遊ばなくなった世代には、
敬語を学ぶというより先輩後輩という関係を学ぶ環境が、ほとんどなかったように思われる。
・一人遊び世代
幅広い年齢層で遊ぶどころか、あまり友達とも遊ばず、家で一人遊びが多かった世代でもある。
そのため敬語うんぬんより基本的な人間関係を築く素養に欠けている。
まして世の中、核家族化・少子化で、兄弟はいない、おじいちゃんやおばあちゃんもいない、
親は共働きでいない、そしてみんなで遊ぶ公園や野山はないから、
必然的にテレビゲームやマンガに頼らざるを得ない環境で生まれ育ったがために、
年上世代との話し方がわからないのは致し方がない。
・先輩後輩の希薄化
それでも中学や高校になると部活動があって、そこで先輩後輩の関係を学ぶわけだが、
小さい頃に幅広い世代とつきあったことのない子供が3学年集まったところで、
その先輩後輩の関係性は希薄にならざるを得ない。
僕なんかの世代がもし先輩を冗談であっても呼び捨てやあだなで呼ぼうものなら、
多分ぶんなぐられてもおかしくない雰囲気みたいのがあったけど、
僕らの下の世代になると、先輩と仲良くなるために、呼び捨てやあだなで呼ぶことが普通になっていくし、
僕らの世代にしてもそう呼ばれたからといって、ぶんなぐるとかムカつくといった感覚が薄れている。
年を追うごとに先輩後輩の関係が希薄化し、みんな同学年の仲良しグループ化が進んだ。
まあこういった生まれ育った環境で、
若い世代は敬語を使いたくても使えないようになってしまったのだ。
それを単に「近頃のわかいものは」というのは間違っており、
ようは大人がそういう社会を作り上げてきたということに他ならない。
そもそも今の20歳前半は思春期をバブル絶頂期に過ごしており、
何不自由しない、ハングリー精神の欠けたあまちゃん世代であるがゆえに、
敬語なぞ使えない自己中人間が量産される結果となったのである。
こうして世代論を考えていくと、就職期をバブルで簡単に企業に受かったしまった今の30代前半は、
「最も仕事ができない世代」とバカにされてるし、
その世代は進路を決める大事な時期に苦労することなく就職できてしまったがゆえに、
自分の人生を真剣に考える機会がなかったかわいそうな世代ではある。
そういった意味では景気絶好調という浮かれた時代環境に生まれ育った世代より、
不況で厳しい環境の中で生まれ育った世代の方が、人生や仕事を真剣に考えるし、
ハングリー精神(日本の不況でハングリー(空腹)もくそもないが)も好況世代よりはるかに培われることになるだろう。
「子供は社会を映す鏡」といわれるが、
若い世代が敬語を使えないのも、生まれ育った時代社会背景を如実に反映している結果だということだ。
まあそれが吉と出るか凶と出るかはわからないが、
敬語を使えないことで学校ではない社会での仕事そのものに悪影響が出ないことを祈る。
