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こだま~人生で出会う人は自分の映し鏡

「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。
そうして、あとで、さみしくなって、
「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、いいえ、だれでも。

企業が地震後で「不謹慎」という理由から、
CMを中止したことで、
その穴埋めとして登場したACの広告に、
うざいという非難が殺到したわけだが、
そのなかでキラリと光るCMで話題となっているのが、
「こだま」のCMだ。

「こだま」のCMを見て思い出すのは、旅に出た時のこと。
私はいつも旅に出る度に思うことがある。
それは、
「旅で出会う人は自分の映し鏡」
ということだ。

言葉も通じず、顔見知りの人がいない異国の地で、
旅をすれば良くも悪くもいろんな出会いがあるわけだが、
出会う人って、今の自分自身の“レベル”に応じているというか、
不思議と自分の人間性や志向に対応した人ばかりが現れる。

旅に限らず、普段の生活においても同じ。
「人生において出会う人は自分の映し鏡」。
不思議と自分と似たもの同士が寄ってきて、
引き合う感じがある。

なんでも鑑定団でお馴染みの北原照久さんに取材した際、
こんなことを言っていたのが印象的だった。

「自分が昔、不良だった時は町を歩いていると、
不良やトラブルメーカーばかりと出会っていた。
ところが不良をやめた途端、
同じ町を歩いているのに、
悪い人とは出会わなくなった」

オーラというべきか雰囲気というべきか。
その人の内面・外面から発する気って、
似たような人を引きつけてしまうのだ。

人との出会いが自分の「こだま」であるように、
人に接する態度や言葉も自分の「こだま」であることを、
ACの広告は端的に表している。

人に優しく接すれば人から優しく接しられ、
人に冷たくあたれば人から冷たくされる。
つくづく人と人って「こだま」だなと思う。

ただ現実の社会において難しいのは、
こだまにならない時が往々にしてあることだ。

自分が優しく接しても、相手は冷たい。
自分がごめんねって謝っても、
相手は謝らないどころか逆ギレするみたいな。

こんな時、どうしたらいいんだろう?

私の場合、明確な基準がある。
「目には目を」「歯には歯を」だ。
私が優しく接しても、
相手から冷たくされたら、
相手に「こだま」であることを思い知らせるために、
相手以上に冷たく接する。
それで相手が「こだま」であることに気づき、
謝ってきたら、こちらも謝る。
そうやって相手の態度次第で自分の態度を変えている。

でも最近、果たしてそれが対応の仕方としていいのか、
悩み、迷うことがある。
たとえば自分が優しく接したのに、相手が冷たく接してきた。
だから自分は相手に優しくするのをやめて冷たく接する。
するとより相手との溝は開いてしまう。

場合によっては相手はさらに自分に対して、
冷たい態度をとり、自分もさらに冷たい態度をとる。
といったような、悪い連鎖が続き、
冷たさ競争が互いにエスカレートしていく。

途中で「こだま」に気づいてくれればいい。
そっか、自分が冷たい態度をとったからいけないのか。
優しくすればこの人は優しく接してくれるんだと。

でもそうではない場合は、
下手をしたら互いに傷つけあって、
最後には修復不可能な破綻状態になってしまう。

それを「相性が悪かった」といってしまえばそれまでだし、
「そんな冷たい相手とはつき合わない方がいい」
というのもある意味、正論ではあるけれど、
本当は相手とのいい関係を続けるための“かけひき”だったはずが、
悪い態度の「こだま」の連鎖により、
相手との関係を“ぶち切って”しまうことが、
果たして自分にとってよかったのかと・・・。

本当は相手が冷たい態度でも、
こちらは相手の態度が変わるまで、
優しい態度を貫くべきじゃないか。
そうすればいつか相手も「優しいこだま」を返してくれるに違いない。
そう信じてはいるけれど、
仕事でもプライベートでもそうだけど、
そうならない時っていうのは結構あるわけで、
その時、ずっと優しい態度で接するべきなのか、
こっちもならば冷たい態度をとるべきなのかは悩ましい問題だ。

私自身の体験でいえば、
相手が冷たい態度になったので、
こちらも冷たく接したら、
相手が謝ってきてくれて、
今までよりいい関係を築けたケースもあるし、
前述のように冷たく接したのが、
互いにエスカレートして、
「もうおまえなんかに仕事は頼まない!」
「どんだけ金つまれてもおまえの仕事は絶対にしない!」
とケンカ別れになって決裂したケースもある。

相手にもよるし、ケースバイケースだし、
自分の状況にもよると思うので、
一概に何がいいとは言えない。
ただはっきりしているのは、
相手の態度は自分の「こだま」になる可能性が高いということだ。

自分が優しく接すれば、
相手も優しくしてくれる可能性が高い。
自分が冷たく接すれば、
相手も冷たくしてくる可能性が高い。

最終的には自分がその人との関係性を、
このまま続けていきたいのかどうなのかに尽きる。

自分と相手との気持ちをすりあわせて、
お互いが望む「こだま」になるように、
いろんな方法でコミュニケーションを続けていき、
お互いが納得する形で、
お互いへの関係性を決めるしかないとは思うんだけど、
自分と相手との気持ちが微妙に違うから、
「こだま」にならず、苦しむことも現実的には多い。

「遊ぼう」っていえば「遊ぼう」っていう。
「もう遊ばない」っていえば「遊ばない」っていう。

しかもこうした場面では、
どちらが先に折れるのかとか、
相手から先に言わせたいとかっていう、
プライドとか体面とかが素直な気持ちをジャマし、
本心とは違った「こだま」を増幅してしまう可能性もあるけれど、
一番大事なのは相手とどのような関係を築いていきたいのか、
素直な気持ちになることだと思う。
素直な気持ちを伝えれば、
きっといい「こだま」が返ってくるはず。

お互いが別の感情を持った生き物だから、
人間関係、そう簡単にうまくいくわけはないけれど、
相手は自分の映し鏡であり「こだま」である、
ということを頭の片隅に入れておけば、
自分から「悪いこだま」を発信することを、
避けれるのではないかと思う。

私の場合、自分から悪いこだまを、
できるだけ相手に向けないようにしているつもりだけれど、
相手が悪いこだまで返してきた場合、
「目には目を」と思って悪いこだまで返しちゃうという、
良くないクセがあって、
そのため相手もさらい悪いこだまで返してきて、
結果、自分自身が傷ついてしまうという、
負の連鎖にはまってしまうこともある。

とにもかくにも多くの人が、
いいこだまを響かせていけば、
世の中、いいこだまだらけになるのになと思う。
難しいけど、結局、人生で出会う人は自分自身なんだと思う。
自分が変われば相手も変わるし社会も変わり、
見える世界も変わってくる。

AC「こだま」
http://www.youtube.com/watch?v=IuFSlTmD95c

by kasakoblog | 2011-03-30 01:24 | 生き方

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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