ボランティアの涙と被災者の憤り

おめえらボランティアは涙流して聞いてたけどな、
おれははっきりいって、はらわた煮えくり返ってんだよ!
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福島県いわき市の平工業高校避難所閉鎖の最後の日。
この避難所にかかわったボランティアの方や、
自治体の方など約30人が、
避難所となっている合宿所1階に集まり、
お酒を飲みながら情報交換を行っていた。

そこには最後まで残った被災された方2人と、
すでに借上住宅に移った、私がたまたま1ヶ月前に引越しを手伝った、
津波被害で家に住めなくなった60歳の単身の漁師さんもいた。

ボランティアが一人一人自己紹介した。
やたら話が長い人が多く、
とにかくみんな話したくて話したくて、
仕方がないんだなって感じだった。

そんななかで私ですらうるっと涙を流しそうになった、
“感動的”なスピーチをしたのが、
いわき市のある職員さんだった。

いわき市職員の震災対応のひどさは、
被災者からもボランティアの方からも、
1にも2にも出てくる話で何度となく聞いた。

ひどい原因となったのが避難所の担当を輪番制にしたことだ。
今日はAさんが来ます。明日はBさんが来ます。明後日はCさんが来ます。
そんなわけで毎日代わる代わる職員が来るから、
避難所に来た市の職員は、その避難所の状況をまったくわからず、
逆に被災者やボランティアの方に、
「食糧はどこにあるんですか?」「トイレはどこですか?」
と聞く始末。

ある被災者の方は、
「私らの方が避難所のことわかっていて、
日替わりの市職員にわざわざこっちが教えなきゃいけないって、
どっちが支援してるんだからわからない!」
と怒りをぶちまけていた。

しかも皮肉なことにいわき市のこの避難所では、
支援に来ていた長崎県の県や市の職員たちが、
絶大な信頼と高い評価をされていた。

彼らは3名2週間泊まりこみ体制で避難所支援を行っていた。
そのため地元の市職員より長崎県の職員の方が、
避難所に詳しく頼りになるという、
おかしな状況が現出していた。

ただいわき市のひどい輪番制が解除され、
夜勤は輪番だが日勤はほぼ固定の担当制になったらしい。

スピーチしたのはこの避難所の担当になって、
毎日日勤で通っていたいわき市の職員さん。
この人の評価だけは非常に高い。
なぜならほぼ毎日のようにいてくれて、
いろいろ手助けをしてくれたからだ。
私も話をしたが実に感じのいい人だった。

その職員が感極まって涙ながらに、
3人いる被災者の方に向けて、
「本当にご苦労をおかけしてしまい、
心からお詫びいたします。
この先も何か困ったことがありましたら、
何なりといってください」
といったような話をした。
この避難所に一番尽くした職員が、
市のふがいない対応であったことを素直に認め、
涙ながらに謝る様子は、
私も思わずうるっとしてしまったほどだ。

聞いているボランティアの方の多くも、
職員さんのスピーチにもらい泣きしていた。

ところがである。
スピーチが終わった後に、
避難所生活を送った60歳の漁師さんは、
「部屋の中ではうるさいから」といって、
外に行き、私にいきなり怒りをぶちまけたのだった。

「おめえらボランティアは市の職員の話に涙流して聞いてたけどな、
おれははっきりいって、はらわた煮えくり返ってんだよ!
避難所に来た時、1日目は26人でおにぎり1個。
2日目は26人でおにぎり4個。
そんな対応しかできなかった市に対して、
今さら謝られて感動するか?

おめえさん、カメラマンだけじゃなくって、
記事も書くんだって。
なぜおいらに昼間話を聞いていた時、
その話、質問しなかった?
はっきりいって市に対して怒りしかない。
謝られて涙流す話じゃないべ?」

その時、私は思った。
こんなにもボランティアと被災者の気持ちには開きがあるんだと。
ボランティアに来ていた人だって、
避難所に泊まりこんで支援している人もいる。
市の対応が悪いことはよく知っている。
でもだからといって対応がよかった市の職員さんに対して、
そこまでのことは思わないというよりむしろ、
感動して涙を流すぐらいだ。
しかしそれを心良く思っていない被災者の方もいる。

もちろんいろんな考え方があり、
いろんな言い分があり、いろんな想いがある。
市だって混乱していただろうし、
市の職員だって被災はしていた。
でもやっぱり、災害があった時に、
地元の職員よりも長崎県の人の方が頼りになるとか、
東京から来たボランティアの人の方が頼りになるとか、
なぜそんなことになるんだって、
私だってはじめ不思議に思ったくらいだから、
なおのこと被災者の方は憤りを持ってみていたのだろう。

避難所が終わったから、
これで感動のフィナーレだなんて思ってほしくない。
おいらは今、一人、寂しく借上住宅のアパートに住んでいるんだ。
船は流され、仕事もなく、
年金暮らしで細々と暮らしているのに、
涙なんか出るか、という考え方は最もだが、
市の職員のスピーチを聞いて、
そんな風に受け取る人がいるなんて、
ボランティアの方は誰も思わないだろう。
私ももちろん思わなかった。

心の闇は深い。
もちろん不条理な自然災害にあい、
東電や政府や自治体など、
わかりやすい敵を作ることで、
自分の精神のバランスをとるのは、
心の防御本能であるのかもしれない。

でもそう思わなくっちゃやっていけないほど、
今まで築き上げた生活がゼロになってしまう、
いやマイナスになってしまうという現実に、
避難所を出てリアルに感じているのかもしれない。

ボランティアが気をつけなければならないこと。
それは話を聞いて被災者の気持ちをわかった風に、
ふるまわないことなのではないか。
あくまで我々は外部の人間であって、
一部分でしか支援をしていないということを理解した上で、
彼らに向き合わなきゃいけないんじゃないかと思った。

・家を失った60歳の漁師さんのお話
http://kasakoblog.exblog.jp/14935404/

・悩めるボランティアの実態
http://kasakoblog.exblog.jp/14982915/

by kasakoblog | 2011-06-21 21:05 | 東日本大震災・原発

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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