市が用意したアパートに移っても“地獄”の生活。
なぜなら仕事を失い、毎日やることがないから―ー。
土日2日間、避難所から仮の住まいに移った、
20人ぐらいの被災者の方々から話を聞いたが、
心の明暗をわけているのは仕事の有無ではないかと私は思った。
仕事があれば目の前にやらねばならないことがあるから、
時間は瞬く間に過ぎ去っていくし、
社会とつながっているから孤立感はないし、
何より安定的な収入が見込めるから、
家計が苦しいとはいえ、再建の希望はある。
ところが被災したことでやむなく仕事を失ってしまい、
しかも再開のめどが立たない人はつらそうだ。
働く場が津波被害地区にある被災者は、
(民宿、店、工場、漁業、農業など)
町が元に戻らない限り仕事はできないわけだ。
しかも地震被害なら耐震補強して再建すれば済む話だが、
尋常ならざる津波被害のため、
今までのように海沿いに建てることがままならない。
高台移転構想なども出ているが、
何年先になるかわからない状態だ。
都市部なら転職先はいくらでもあるだろうが、
地方の集落だとそうはいかない。
こうして避難上から脱し、仮住まいに移れたものの、
この先の仕事の見通しがつかない、
すなわち収入の見通しがつかない現実を、
避難所にいる時よりもリアルに考えさせられ、
孤立感、無力感を深めている被災者もいる。
仕事がないというのは単にお金の問題だけではない。
私が避難所からアパートへの引越しを手伝った60歳の漁師さんは、
結構いい額の年金をもらっているようで、
仕事をしなくてもよほどの贅沢をしなければ、
多分、お金に困ることはないだろう。
しかし仕事がないと時間を持て余してしまう。
今までなら家から出れば同じ集落内にいる、
地元の人たちと触れ合えるが、
今は集落の人はばらばらに市内各所に散ってしまった。
車もないのでタクシーを使わなければ動けない。
しかも福島県ゆえ放射能の問題もあり、
仮に津波対策を施した町や港の再建ができたところで、
海に出て魚をとることができるのか、かなり微妙な問題だ。
それで毎日毎日暇を持て余している60歳の漁師さんは、
毎日のように酒を飲み、テレビを見て、ビデオを見て、
でもそれでも退屈だし何より寂しいから、
ボランティアの人たちに電話をかけまくっているのだ。
この前は私のところに1日2回、
どちらも1時間ずつぐらい話をしていた。
たまたま他のボランティアに聞くと、
同じ日に彼と電話で話をしたといい1時間ぐらい話したという。
同じくまた別のボランティアのところにも、
1時間ぐらい話をしていたという。
仕事がなくやることがなく、
みんながいる避難所から一人になってしまったので、
相手にしてくれるボランティア頼みで電話魔になってしまった。
しかしボランティアもみんなそれぞれ仕事をしているし、
自分の生活もあるから、さすがに毎回は電話に付き合いきれない。
ある女性ボランティアは、
「さすがに毎日何度も何度もかかってくると、
自分が何もできなくなってしまうので、
最近は毎回出ないようにしている」と嘆いていた。
しかし彼はわらをもすがる想いで、
個人のケータイ番号を教えてくれたボランティアに、
あちこち電話をかけまくっていた。
土曜日、津波被害地区の復興イベントの手伝いをしていた、
避難所となっていた湯本第二中学校の澤井史郎校長先生が、
こんな話をしていたのが印象的だ。
「もう今の時期はボランティア漬けになっていてはダメだ。
それではいつまでたっても復興なんかできない。
真の復興とは被災者、地元住民が協力し合い、
人間の気持ちの復興をしていかなければならない」
この4ヵ月ですっかりボランティア漬けになってしまった。
もうそろそろボランティア依存から脱しなくてはならない。
遠方のボランティアが毎日そばにいて助けてあげられるわけではない。
気持ちの復興をするのに重要となるのは、
家より仕事を与えてあげることなのではないか。
仕事があれば毎日昼間から酒を飲んだり、
ボランティアに何度も電話をかけるなんてことはしなくなる。
津波被害にあった瓦礫撤去、泥かきを、
ボランティアではなく有償で被災者にやってもらえればいい。
そうしたら一石二鳥だ。
原発事故により、多くの既得権益を持つ仕事が減ったかもしれないが、
たとえば扇風機が前年比数倍もの売上になったりとか、
ガイガーカウンターが品薄だとか、
今までのライフスタイルからの転換を余儀なくされる過程で、
特需となっているものもあるわけで、
そうした仕事に被災者を優先的に振り向けるとか、
いくらでもやりようはあるような気がする。
にもかかわらず、
お役所は仮住まいといくばくかの義援金を渡せば、
もう被災者対策は終わりといわんばかりの対応だし、
ボランティアは下手をすると、
被災者の自立を妨げる要因になっているかもしれないし、
結果、やることのない漁師は毎日酒を飲み、
ボランティアに何度も何度も電話をかけてきて、
そのうち嫌がられてしまい孤立感を深めるということになっている。
被災者、被災地の真の復興を遂げるには、
仮住まいなんかよりも、
仕事を与えることの方がはるかに重要かもしれない。
実際に、被災者を何人も取材したが、
仕事がなくならず、避難所から会社に通っていた人なんかは、
わりと元気にしている。
仮設住宅がゴールではない。
被災者に仕事を回す仕組みを作ることが、
復興のスタートとなるのではないか。