

この澄んだ目の輝き!
なんといい顔してるんだろう!
1600km、車に乗って福島まで支援しに来た、
宮崎県門川町チームのメンバー、出口さんと道前さんだ。

7月23日夜20時過ぎ。
福島県南相馬市の避難所となっている、
原町二中に到着すると、
「宮崎から来ている人たちがバーベキューしてるから、
よかったら来てください」と、
この避難所の責任者となっていて、
献身的に避難所支援をしていて評判のいい、
市職員の星さんが私たちを誘ってくれた。
私たちとは、
本店と工場が原発20km圏内にあり、
被災地企業の社長で、たびたび避難所支援を行っている、
ADワールドの平澤潤子さん、その社員の庄子さん、
建築家の高崎正治さん、そして私の4人。
トラックの前で豪快に宮崎地鶏などをふるまってくれた、
宮崎県門川町の人たち。
明日の避難所祭りにボランティアとして参加するため、
3日間がかりで車で宮崎から来たという。
なぜ宮崎なんてはるか遠くから、
わざわざ福島に?
門川町支援チームの出口さんはこう答えてくれた。
「うちの町もよ、漁師町だから、
3.11のような地震・津波があったら大変な被害にあう。
津波被害の映像見てたら他人事じゃないって。
とうちゃん、かあちゃんが被害にあったら、
真っ先にみんな助けにいくだろう。
それと同じよ。
困っている人がいるんなら助けにいかなきゃ。
そう思って4月9日に南相馬に支援に来た。
それでまた祭りやるっていうから誘われて来たってわけよ」
3月に出口さんは仲間たちを集め、
支援の方法を考えた。
「みんなきっとあたたかいもの食べて、
あったかいお風呂に入りたいはず。
じゃああったかい食い物とお風呂を持っていこう!」
水まわりの設備機器を経営する出口さんは、
お父さんほか仲間たちに頼んで、
薪を使って沸かせる風呂を作り始めた。
「被災地に水道がなくてもよ、
川の伏流水があるところなら、風呂沸かせると思ってよ」


約3週間かけて風呂を作り上げた。
さてそれをどこへ持っていくか。
出口さんは手当たり次第、
津波被害のひどい自治体に、
「お風呂を持っていきたい」と電話したが、
ことごとく断られたという。
「みんな自作の風呂なんて持ってこられても困ると思ったのか、
どこも受け入れてくれんのよ。
あちこち断られたけど、たまたま電話をかけた南相馬市は、
星さんが電話に出て、なら持ってきてくれって話になり、
4月9日に持っていったのよ」

4月といえばまだかなり厳しい状況だったはず。
彼らは大人6~7人を集めて、
大型トラックに自作風呂を乗せて、
宮崎から1600km、福島まで運んだ。
原発から近い南相馬市は悲惨な状況だった。
風呂を設置すると同時に、
出口さんは太鼓まんじゅうを、
(白あん、黒あんの入った今川焼き風のもの)
道前さんは魚のすり身揚げをふるまった。
「厳しい状況だったから被災者の方に、
なんと声かけたらいいかわからんかったけど、
とにかく俺たちは俺たちのやり方でやるしかないって、
もくもくと作ってふるまっていった。
はじめはみんな遠慮していたみたいだけど、
あったかいものおいしいってわかってくれて、
いろいろと俺たちに話しかけてくれるようになった」
炊き出しを何日か続けた後、
200~300万円かけて作った風呂は置いていき、
何事もなかったように立ち去っていった。
プロ級の支援を行った彼らは、
なんと今までボランティアなんかやったことはないという。
災害ボランティアの経験ももちろんない。
そんな彼らが再び7月24日の祭りのためにやってきた。
今回も出口さんは太鼓まんじゅうを、
水産会社を経営する道前さんは魚のすり身揚げをふるまった。
昼12時頃よりスタートし、夜20時頃まで、
彼らはほとんど休むこともなく、どこの出店よりも長く、
ひたすら作り続け、被災者の方たちに無料でふるっていた。
今回は出口さんも道前さんも息子さんを連れてきていた。
息子と二人三脚となって、炊き出しをしていた。
こんな素晴らしい教育というか夏休みの親子旅行って、
ないだろうなって感心していた。
どちらの息子さんも「お父さんと一緒に写真撮ろう」
といっても、年頃のせいか恥ずかしがっていたが、
炊き出しの手伝いは文句もいわず、
炎天下のなか、黙々と手伝っていた。
今回の震災で支援をしている人の中には、
こんな「奇特」な人たちもいる。
被災地に縁もゆかりもあるわけでもない。
被災地からはるかに遠い。
にもかかわらずテレビの悲惨な被害状況を見て、
いてもたってもいられなくなり、助けに来た。
だからといって彼らはこうした支援活動で、
何か自分たちをアピールしようという気は、
さらさらないようだった。
お祭りの際、福島のテレビ局が取材に来たが、
「みんな太鼓まんじゅう並んで待ってるだろうが!
そんな取材してる暇なんかねえ!」
と追い返している。
たまたま私は祭り前日に来て、
夜を共にしたことから、
他のメディアとは違って、話を聞かせてくれた。
日本は捨てたモンじゃない。
宮崎県門川町の出口さんと道前さんを見て思った。
でもきっと今回の大震災では、
今まで災害ボランティアの経験などない、
多くの“素人”の人たちが、
いろんなところでいい支援をしているはずだ。
未曾有の災害だったからこそ、
「他人事じゃない。助けなきゃ!」
と思った人たちが大勢いるはずだ。
こうした人々によって被災地は支えされている。
・被災地レポ&写真
http://www.kasako.com/110311top.html