絶望から希望を見い出した離島の奇跡~田代島レポート
2011年 10月 15日

どんな絶望的な状況であっても、
頭を使って知恵を絞れば、思いもしない奇跡が訪れる。
みなさん、あきらめるのはまだ早い。
絶望から希望を見い出した奇跡の島、
わずか3ヵ月で目標支援金1億5000万円を集めた、田代島のレポートです。
2011.3.11で壊滅的な被害を受けたのが宮城県石巻市だ。
海そばの沿岸部だけでなく、
川があふれ出し、市内の多くが浸水被害を受けた。


石巻市中心部がこのような状況では、
その先の小さな離島などに、
復興支援の手が回るわけがない。
石巻港から約1時間半の人口約100人あまりの田代島も、
その1つだった。
田代島は人的被害はそれほど多くはなかった。
町が全滅といったような壊滅的な打撃も受けていない。
しかし津波により漁港がやられた。
石巻からくる船乗り場は津波と地盤沈下により水没。
島の主力産業であるカキの養殖施設や漁船、漁具が流されてしまった。

↑2010年1月撮影。田代島の仁斗田の船乗り場。

↑2011年10月撮影。船乗り場水没。

↑震災前:2010年1月撮影。

↑震災後:2011年10月撮影。

↑震災前:2010年1月撮影。

↑震災後:2011年10月撮影。道路が水浸し。
被害総額はおよそ1億5000万円。
最低でも8000万円が必要となる。
しかし少ない漁師たちでまかなえる金額ではない。
高齢化率82%、60歳以下の者は10人にも満たない限界集落の島。
震災を機にこの島が行政から、
見捨てられてしまってもおかしくはない状況にある。
「このままでは島は終わってしまう」
「だからといって行政はあてにできない」
「自分たちで何とかするしかない」
島には移住してきた若者がいた。
その一人が中小路昇さん(42歳)だ。
2005年に神奈川から脱サラして漁師見習いとして島に移住。
漁師としては3年前に独立。
最近になってカキ棚も譲り受け、
カキの養殖業も手伝っていた。
その矢先の震災だった。
はっきりいってすべてパー。
数千万円かかる仕事道具がなくなってしまったのである。
しかし中小路ら漁師仲間など7人が集り、
復興するための方法を考えた。
そこで思いついたのが「にゃんこ・ザ・プロジェクト」、
猫島の災害復興支援のための基金である。
「はじめは三陸牡蠣再生プロジェクトに参加しようと思った」という。
このプロジェクトはカキの復興オーナー制度で、
施設再生のために1口1万円を支援すると、
カキ棚が復活して出荷できるようになったら、
カキがもらえるというものだ。
田代島もカキが主力産業だ。
2006年に田代島の民宿に冬に泊った時なんか、
すべての料理がカキだった。
生ガキにカキフライにカキの味噌汁にといった具合で。
しかし中小路さんらは思った。
「田代島はカキだけじゃない。猫が重要な観光資源だ」と。
2008年に約3200人だった観光客は、
2010年には4倍近い約1万2300人に増えた。
増えた要因、それは猫。


かさこワールドの読者ならご存知かと思うが、
田代島は猫が神様の島。
猫神社があって猫がまつられ、犬は島内立入禁止。
島の人口100人と同じぐらい猫がいるとも言われている猫島なのだ。
「猫とカキの2つを復興プロジェクトの柱にしようと思ったので、
三陸牡蠣再生プロジェクトではなく、
島独自でやるしかないと思った」
こうしてカキオーナー制度に猫を加えた、
ユニークな離島独自の復興支援基金が立ち上がったのである。
目標金額は1億5000万円。
うちカキ復興や漁具購入が50%、
猫のエサや医薬品購入、観光設備資金が10%、
猫グッズや送料、事務経費などが40%。
「基金を立ち上げたものの、正直、
目標金額に達するまで、
一体何年かかるのだろうと思っていました」
ところがである。
6月10日にプロジェクトを立ち上げ、
わずか3ヵ月で目標金額が達成したのだ。

猫の力は絶大だった。
もしカキのオーナー制度だけだったら、
こんなにも早く資金は集らなかったのではないか。
カキの産地なら日本中、他にもいくらでもあるわけだし、
田代島のカキが全国区で有名かといえば、
そうではないわけだし。
でも高齢化率82%の限界集落には、
他のどこにも負けないウリがあった。
猫である。
いや全国の島猫行脚をしている私から言わせれば、
猫がたくさんいる島なんて他にもいっぱいある。
でも猫が神様で猫神社まである島は田代島以外にはない。
「にゃんこ・ザ・プロジェクト」と銘打ち、
カキだけでなく猫も観光資源として活用して、
プロジェクトを立ち上げたところに成功の鍵があったに違いない。
「でも昔から島にいる人は未だに不思議がってますよ。
『東京に猫はいねえのか!猫はそんなに珍しい生き物なのか!』って(笑)」
猫神社もある猫の島だからこそ、
わざわざ遠く離れた田代島まで、
猫目当ての観光客がやってくるのである。
その島の特徴を客観視できたのは、
中小路ら移住してきた外の視点を持った人が、
島にいたからだろう。
そしてプロジェクトを立派なホームページを立ち上げ、
そこで募集するという仕組みも、
都会の若い人ならではだと思う。
それがなければこんなに短期間で、
1億5000万円ものお金は集らなかっただろう。
義援金を寄付してもろくに配分されなかったり、
配分されるまで遅かったり、
配分方法が形式ばったりしていて、
被災地を支援したいという思いが、
ダイレクトに活かせないことが、
今回のように被災地域が広かっただけに、
より深刻な問題になっていた。

でもこうした支援ならダイレクトに島の人にお金がわたる。
何に使うかも明確になっている。
しかも単に金をもらうだけでなく、
そのお金でカキ養殖業が復興したらカキを送るという、
プレゼント付きだ。猫グッズもくれる。
でもこうしたアイデアは、
“絶望的”な状況でなければ生まれなかったのではないか。
行政も頼れない危機的な状況に追い込まれたからこそ、
知恵を絞って自分たちで復興の道筋となる資金を集められた。
田代島の復興支援プロジェクトは、
今の政治・行政・自治体のやり方に、
大きな疑問を投げかけた試金石ではないかと思う。
景気が悪いから増税して金を集めて金をバラまくとか、
景気が悪いからハコモノをひたすら作りまくるとか。
なんでも金がないと何もできない。
金ありきで物を考えるから、
必要なものまで作ってしまう。
でもノラ猫が観光資源になり、
そのおかげでみんなが率先して、
善意で1億5000万円ものお金がたった3ヵ月で集るという事実。
お金をかければいいってもんじゃなく、
ようはアイデア勝負ってことでしょう。
それは過疎化した日本の自治体にもいえる。
過疎化して町の人口が減っているから、
豊かな恵みの海を汚染して、
原発誘致して町を潤わせようという、
安直な自治体がどれだけあったことか。
結果、死の町と化した。
にもかかわらず町の活性化には、
原発誘致しかないという上関みたいな、
恐ろしい町もあるわけだ。
そうやって安直な方法、目先の利益ばかりにすがってきて、
そこで利権や政治力が物をいい、
いろんなものがねじ曲げられたり隠蔽されたり、
環境を犠牲にしたりして、
安易なハコモノばかりが作られてきた。
でもそれでは子供たちに町を引き継げない。
徳島の漁村・伊座利もそう。かつてのいわき市のフラガールもそう。
この田代島もそう。
辺ぴな土地で行政からお金をもらうメドがないからこそ、
自分たちで頭を使って、
自分たちの町ならではのよさを最大限に活かし、
活性化をしようとしている。
「2012年はじめをめどに、
観光客が使えるトイレ施設と島の物や猫グッズを売る売店を作りたい」
と中小路さんは話す。
売店は大賛成。
私は今まで田代島に3度赴いているが、
店がないのでお金を落とすところがない。
しかもノラ猫を撮影するだけだから、
何の入園料も入場料も払っていない。
でも島の人たちのおかげでノラ猫が暮らしていけるのだから、
少しでもその足しになるようなお金を、
落とせる場所があったらいいなと思っていたので、
売店なんかはありがたい。食堂もあるとなおいいんだけど・・・。
でも田代島の厳しい状況は変わらない。
「10年先、田代島は大きく変わっているでしょう。
このまま行けば、数十人の島になってしまう。
震災を機に立ち上げた『にゃんこ・ザ・プロジェクト』をきっかけに、
猫関連の観光産業やカキ養殖産業を復活させ、
島に雇用を生み出したい。
雇用が生まれれば人は増えるはずだから」
70歳、80歳の人が10年先を考えて行動するのは難しいだろう。
しかし40歳代の中小路さんだからこそ、
目先の震災復興だけでなく、
10年先まで考えた行動をしている。
移住してきた若い者の考え方に、
なかなかついてこれない人もいるし、
なかには反発する人もいるかもしれない。
しかし時代が変わるなか、
いつまでも同じことをしていたのでは、
島の活性化はあり得ない。
古き良きものは残しつつも、
時代に合わせて変わっていかなければ、
地域は生き残ってはいけない。
田代島は20年前には倍の約200人もの人口が。
かつては1000人もの人口がいた時もあったという。
小中学校もあった。
それが今や人口100人。
実際には70~80人しか住んでないという。
今、地方はもちろん、
日本全体がこうした衰退危機に陥っている。
でもノラ猫がいっぱいいるというだけで、
年間1万2000人もの観光客が訪れ、
3ヵ月で1億5000万円ものお金を集められる。
自分たちの地域の特徴は何なのか。
外の人間にとってここに来る魅力は何なのか。
そういうものを最大限に活かせば、
震災で絶望的な状況にあった離島が、
復興のスタートラインに立てるのだ。
田代島の知恵を学んで、
被災地の復興や衰退する地方の活性化のヒントに役立てたい。
※「にゃんこ・ザ・プロジェクト」からのお知らせ
1:おかげさまで目標金額は達成しましたので、
カキオーナー制度の復興支援資金は締め切らせていただいています。
2:支援していただいた方には、
猫グッズの配送を順次行っていますが、
グッズの制作から配送まで島の若者ら、
少数の人員で手作業で行っているため、
グッズが届くのは数ヶ月から数年間を要しますので、
気長にお待ちください。
<震災後の田代島へのアクセス>
これまでの石巻の船の発着所は、
津波被害で町が全滅といっていいほどの、
壊滅的な被害を受けた場所にあったため、
現在は日和埠頭から発着しています。
石巻駅からタクシーで1500円前後。所要15分ぐらい。
便数は1日2便。
石巻発 08:00 仁斗田 09:20 網地浜 9:35 石巻着 11:00
石巻発 14:00 網地浜 15:20 仁斗田 15:35 石巻着 16:55
田代島の大泊は停車せず。
(大泊は仁斗田以上に大きな被害を受けたため)

↑震災前:2006年12月撮影。海そばにも家が立ち並ぶ。

↑震災後:2011年10月撮影。海そばの家は壊滅的被害。奥の方まで浸水被害が及ぶ。
私が訪問した2011年10月10日時点では、
トイレなし、自販機も停止のまま。
売店・食堂なし(これはもともとない)。
もし田代島を訪問する場合は、
石巻で食料の持参が必要。
猫は相変わらずいっぱいいます(笑)。
・にゃんこ・ザ・プロジェクト※復興Tシャツなど販売中
http://nyanpro.com/
・田代島の猫写真(2010年1月撮影)
http://www.kasako.com/1001tashirofoto.html
・田代島の猫写真(2006年12月撮影)
http://www.kasako.com/06tashirofoto1.htm
・書籍「検証・新ボランティア元年~被災地のリアルとボランティアの功罪」
・かさこツイッター:お気軽にフォローどうぞ※基本フォロー返しいたします
http://twitter.com/kasakoworld