2007年 12月 30日
2008年以降の日本・世界を考える
●1:カタルシスはまだ来ない。膿が出せるか否か
日本は国家破綻へのカウントダウンを行っている――。
日本の借金は約800兆円。
年金は崩壊の危機に瀕し、
中国製品の偽装を嘲笑っていながら、
次々と出てくる日本企業のとんでもない偽装の数々。
異常犯罪が増え、衝撃的な銃犯罪も目立った2007年。
政治は自民か民主の二者択一しかなく、
政治が破綻へのブレーキになるかは疑問。
否、それどころか政治そのものが国家破綻に加担しているといっていい。

ただ実は、国民の中にはこんな気持ちもあるんじゃないのか。
「一度、破綻し、リセットボタンを押して、
根本的にやり直した方がいいんじゃないか・・・」
もしくは、
「どうせなら国家破綻しちゃえばいいのに。
そうなったら自分じゃどうしようもないって、
自分の人生がうまくいかないこともあきらめられるから」

究極的な悲劇を快感と感じるカタルシスを望む深層心理。
ただ残念ながら、「高度な技術」が発展した日本は、
優れた延命技術やら問題の先送りという必殺技を連発し、
多分、残念だが、破綻はまだまだやってこないだろう。
つまり問題の根本はなんも解決してないのに、
うわっつらだけ手当てをされて、
苦しいながらも栄養ドリンク飲まされて、
ハイになって働き続けなければならない、
そんな苦しい状態がまだまだ続くと思われる。
わかりやすい例でいうなら年金問題だ。
年金制度はとっくに破綻しているのに、
一度、はじめた制度を今、辞めてしまうわけにはいかないため、
根本的な問題を残したままの「改革」案が検討されているに過ぎない。
あらゆる日本社会の問題が、
この年金問題のような事態に陥っているのではないかという気がする。

じゃあ日本に未来はないのかというと、
私はそうでもないと思う。
ここ数年、ちょっとずつだけど、
確実に沈殿していて決して外に出ることのなかった、
社会問題の根本の膿が次々と出てきている。
耐震偽装、食品偽装、官僚汚職、企業犯罪などなど、
2007年はいろんな問題が明るみになった。

こうした長年の膿が出てきた時に、
この膿を完全に出し切り、一掃し、
新たな仕組みづくりができれば、
一つ一つ問題をクリアしていき、生まれ変わっていける可能性がある。
それをするのが私は政治の仕事だと思っている。
それができれば、日本は一時的な延命措置ではなく、
しっかり生まれ変わっていけるのではないかと思っている。
それさえできればまったく悲観する必要はないぐらい、
日本はしっかりとした社会ができるのではないかという気がしている。

日本は幸いいろんな面で環境に恵まれている。
ほぼ単一民族であること。島国で隣国と陸続きでないこと。
宗教問題が大きな火種にはならないこと。
金儲けする技術や経済力は世界でも間違いなくトップクラスであること。
こうした様々な好条件に恵まれている。
社会制度の根本的問題にメスを入れ、
既得権益にしがみつく輩を一掃し、
新しい制度設計を行っていけば、
足腰の強い国になるのではないか。
国がしっかりすれば、国民も幸せになれる。
だから社会を変える政治の力が必要だと私は切に思っている。

2008年も2007年に引き続き、様々な社会問題の膿が出てくるだろう。
それを全部出し切ることができるか。
出し切った上でまったく新しい発想で社会インフラを構築できるか。
その意味では、期待はできないが、
衆議院選挙が行われたら、
一度、民主に政権をやらせてみるのはいいことかもしれない。
たいした期待はできないが、
自民政権で隠されてきた膿がいくつか出れば、
民主政権にした意味はあるだろう。
まあもともと自民の残党に過ぎない民主党が、
すべでの膿を出させ、新しい制度設計ができるとは思えないが。

国家破綻が先か、既成政治をひっくり返す新勢力が出現するのが先か、
かなりきわどい鬼ごっこはまだまだ続きそうだが・・・。

●2:一人一人の生き方がより問われる時代に
日本だ国家だ政治だなんていわれたって、
そんな上の世界の話をしたって、
何にも社会は変わらないんじゃないかって思う人も多いだろう。
社会を変えるには政治という「上からの改革」も必要なのだが、
ここ最近、一人一人の国民の行動いかんによって社会は変わるという、
「下からの改革」が非常に注目されはじめてきている。

昔でいう市民運動だとかそういうレベルのものではない。
ほんと個人個人一人一人が社会を悪くする加害行為に加担していないか。
環境問題がそうなわけで、
環境問題って究極的には一人一人の生活態度を見直すことに他ならない。
ただ環境だけでなくさまざまな社会問題も、
最近では一人一人の責任というか役割の重大性が増しているような気がする。

企業が食品偽装をしている。
その企業の社長が悪いと批判する前に、
自分はそういった企業で働き、食品偽装を見てみぬふりをしていないだろうか。
違法行為が行われているのを知っていながら、
知らぬふりをしていないだろうか。

学校のいじめと同じ。
自分がいじめをしなくても、
いじめの存在を知っていながら、
それを誰かに知らせることもなく、黙認していることは、
今後は「共犯」となる、そういう社会がやってきたのだと思う。

企業で犯罪行為が行われているなら、
しかるべき監督官庁なりに内部告発をする。
そんな企業には働かない。
さまざまな偽装や犯罪は所詮は国民の身近な場所で行われている。
それを社会に訴えていくことができるか。
そうした行為に加担もしくは黙認するようなことをしないかどうか。
社会の膿は政治という「上から」だけでなく、
国民が「下から」も出していかなくてはならないし、
最近では出てくるようになった。
そういうのが当たり前の潮流になっていけば、
日本社会も少しずつ良くなっていくに違いない。

●3:政治経済面でのアメリカの沈没で世界大混乱に
アメリカ支配の国際政治が長らく続いているが、
その破綻の音はもうすぐそこまで近づいているような気がする。
今、アメリカがもっているのは軍事力だけではないか。

アメリカがこれほど世界に影響力を及ぼしているのは、
単に軍事力だけの問題ではない。
ドルを基軸とした国際経済社会ができあがっているため、
たとえば政治的な対立がある中国だろうがロシアだろうが、
ドルを持たざるを得ず、経済活動においてはどうしても必要になる。
軍事力もさることながら、ドル通貨による経済社会支配、
すなわち賭博場でいえばその胴元をアメリカが務めているのだ。

しかしここ最近、ドル基軸通貨があやうくなっている。
2008年はまだ大丈夫かもしれないが、
いつかドル暴落、ドル通貨離れが突然起こる可能性がある。
そうなったらアメリカドル頼みの国家は多いため、
世界的な大混乱に陥るだろう。
経済混乱は国際戦争のトリガーをひくことにもなる。
ドル暴落によりアメリカが世界の胴元的立場を守るため、
軍事力を振り回す可能性もある。
アメリカがイラクを攻めたというような戦争ではなく、
世界大戦級の多くの国々を巻き込んだ戦争が、
勃発する可能性が大いにありうる。

大規模な混乱は必至だが、
アメリカ・ドル支配からの脱却は、
世界に新たな秩序がもたらされる可能性がある。
それによって今よりよい世界社会が構築できる可能性がある。
ネットという究極のボータレスツールは、
通貨も国境も税金もすべてをぶち壊せる力を持っている。
従来の国家像が崩壊し、
まったく違った世界コミュニティが生まれる可能性がある。

それは日本の国家破綻を望むカタルシスと同様、
アメリカ・ドル破綻を望むカタルシスに過ぎないのかもしれないが、
サブプライムで動揺したアメリカ市場の脆弱性をみるに、
ドルが紙切れになりアメリカ支配が終わる時代は、
実は日本国家破綻なんかより、はるかに早く来るかもしれない。


2008年は大きな破綻は来なくとも、
将来の破綻につながる大問題がいくつか出てくるかもしれない。
それは国内においても海外においても。

そういう時代こそ、一人一人の真の力が問われることになるだろう。
世界に通用する力。社会に通用する力。人として通用する力。
私は1999年から言い続けているのだが、
もうまもなくやってくる新時代に、一人一人に求められているのは、
「多様な価値観とサバイバル力」だと考えている。
自分の価値観、日本の価値観だけでなく、
他人の価値観、他国の価値観を理解し認めることができる、
視野の広さや頭の柔軟さ、情報力。
国家が何にも保証できなくなった時代に、
パン1つを自力で獲得できるサバイバル力。
その2つを磨いていくことが大事だと考えている。

変な話だが、社会がどんどんワイド化・グローバル化されればされるほど、
個々の力量が問われるという、
経済格差なんて甘っちょろい問題ではなく、
サバイバル時代を生き残れる個々人の格差が、
大きく広がっていくんじゃないか。

日本は未だ様々な矛盾を抱えながらも、
他国にはない好条件に恵まれたおかげで、
個々人に力がない人間でも生きることできる、
非常に平和で豊かな社会が実現していて、
そのような意味では2008年もらくらく過ごせるだろう。
しかしそうした日本的共産主義社会も、限界に近づいており、
国際秩序の大変動に伴い、日本も世界の混乱に巻き込まれる。

国家や社会や時代のせいにすることなく、
一人一人が自分で生き抜く力が必要とされる時代が、
もうまもなくやってくると思う。
2008年はまだ過渡期だろうが。


by kasakoblog | 2007-12-30 23:51 | 金融・経済・投資


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