震災被害と過疎化の混同が復興を阻む

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「復興ができないのは震災のせいではなく、
もともと過疎化していたからだ。
震災はきっかけに過ぎない。
今まで通りのことをしたのでは、
復興なんかできるわけがない」
(ある被災地の方の言葉)

何度もテレビで報道された、津波被害のひどかった、
陸前高田、気仙沼、南三陸などを土日に訪れてきた。
沿岸部を車で走ると、集落が現れる度に「全滅」に近い。
町に高台のある気仙沼や気仙沼大島は、
無事なところも多いが、
海岸部の町は壊滅し、今も片づけが進まないまま、
廃墟的景色が広がっているところもあった。

こうしたなか国も国民も、自治体もボランティアも、
「東北復興」「被災地復興」の名のもと、
多大なコストと労力をかけているが、現地の人から、
「震災があるなにしかかわらず、
そもそも過疎化していた」という話を聞くと、
なるほどなと思った。

震災から8ヵ月が過ぎ、
支援のステージは大きく変わってきている。
避難所にいる人たちや、
ライフラインを寸断された被災地にいる人たちに、
緊急的に支援が必要な段階から、
被災地にいる人たちが、自立・復興できるよう、
すなわち自分たちで金を生み出し、
支援がなくても生活ができるようにする、
自立支援にステージが移ってきている。

しかしそこで大きな壁にぶちあたっている。
自立・復興といっても、
場所によってはもともと過疎化し、
経済社会が衰退していたのだ。

今まで発展していた町が、地震や津波でやられました。
だから被害にあった部分を復旧し、
社会がもとの通りに円滑に動き、
経済が動くよう自立支援します、というなら機能する。
しかし今回の被災地は、
自然災害が起きなくても衰退している地域も少なくない。

だからそのような地域を「復旧」しても、
「復興」になかなか進まない。
自立支援といってもなかなか自立できない。
そんな問題にぶちあたっているところも多い。

そのことに行政や被災者やボランティアが気づいているか。
それに気づかず支援していると、
あまり意味のない支援になりかねない。
というかずっと延々、与え続けなくてはならなくなる。

それに輪をかけて今回の震災被害はあまりにも甚大だ。
つまり今まで通り、元通りでは、
「復興」できないままのエリアも多い。

震災被害という大きな隠れ蓑ばかりに目を奪われず、
その地区にもともとあった過疎化・高齢化という問題を、
どう解決していくか。
支援をするならそこに目を向けなくてはならない。
それが今の段階だと今回の取材で思った。

しかし地方ゆえのしがらみや利権が多かったり、
これまでの慣習や土地に固執する人が多かったりして、
これまでとは違うやり方に抵抗を示すケースも多く、
それが余計に復興を遅らせている面もある。

若い人はそれに気づいている。
なぜなら目先の不安より、
20年後、30年後、ここにいて食っていけるのか、
安全なのかということを真剣に考えているからだ。

今回取材したボランティアの方や被災者の方は、
過疎化がそもそもの問題なのだから、
震災復旧したところで、
元に戻しただけでは復興なんかできない、
ということに気づいている人が多く、
これまでとは違う試みをしようと、
必死になっている人もいる反面、
震災直後の同情心を引きずったまま、
自立支援ならぬ依存支援を続けている人もいる。

実はこれ、被災地に限った話でなく、
日本全体にもまったく同じ構図があてはまる。
少子高齢化、人口減少で、
このままのやり方を続けていたのでは、
ジリ貧になることは明らかだ。
にもかかわらず、目先の利益を優先するあまり、
新しいやり方を叩き潰し、
従来の習慣を維持させるために莫大なコストをかけ、
結果、借金が増えて、大増税、社会福祉カットという、
若手にすべてツケを先送りする勢力が強い。

被災地の問題は日本の問題でもある。
被災地の自立復興支援を行うには、
震災被害ではなく過疎化という問題に、
そろそろ焦点をあてて本気で取り組まなければならないと思う。

・被災地レポート
http://www.kasako.com/110311top.html

by kasakoblog | 2011-11-06 23:13 | 東日本大震災・原発

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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