イベント好きボランティアにうんざり~増える自己満足ボランティア

「もういい加減、子供に何でもあげるのはやめてほしい。
毎月のようにイベントするのもしないでいい。
これだけの震災が起きたのだから、子供たちに我慢させることも教育」
と福島のある学校の先生が嘆いているという話を聞いた。

被災地の自立支援ではなく、
自己満足のボランティア中毒者が、
避難所なき後、被災地で熱中しているのがイベントである。
花火、ハロウィーン、クリスマス、お正月などだ。

特に子供向けイベントが楽しい。
イベントをすれば子供たちはまず喜ぶ。
自分たちが企画していても楽しい。
イベントにかこつけて子供たちにあげる、
プレゼント作りやプレゼント選びも楽しい。
そこにやりがいを見い出し、
普段の仕事では得られない生きがいを見い出し、
被災地ボランティアに熱中する。

3月下旬から被災した幼稚園や学校の子供たちに、
ハンドメイドの給食袋、体操着袋など、
入園・入学グッズの支援を行ってきたボランティアのある女性Aさんは、
イベント企画に熱心になるボランティアに懐疑の目を向ける。

「今までハンドメイドの入園・入学グッズの物資支援は、
相当やってきており、もう必要ないといわれる学校も増えてきた。
でも一度、関わった被災地をつなぎとめておきたいという思いから、
緊急性のない、必要性があるかわからないイベントを企画し、
そのグッズを無償支援していることに違和感を覚えている」と話した。

そうしたイベント好きボランティアに、
「それは自立支援にはならないのではないか?」
「先生たちはあげすぎは子供の教育によくないと言っているが?」
と注意をしても聞く耳をもたない。

「無償でやっていることの何が悪い?」
「被災地を見捨てるのか?」
「子供たちは喜んでいる」
「好きでやっているんだから、
他人からとやかく言われる覚えはない」

こうして現地の先生の「こんな時こそ子供たちに我慢を」
という言葉も虚しく、イベントが企画され、プレゼントが贈られる。

「イベントに必要なハンドメイドの品を作るのは確かに楽しい。
でもそれが自分たちの自己満足、生きがいになってしまっていて、
被災地の自立支援という視点が完全に抜け落ちている。
やり過ぎればかえって被災地の自立復興を阻害しかねない」
とAさんは指摘する。

最近は一部の「被災者」が物資支援の選り好みをするようになったという。
物がなくて困っていた震災当初は、
支援してありがたがったものを、今はもう受け取らず、
どんなものも新品でデザインがいいものを欲しがる人もいる。
「物資支援にはきりがない。
なくて困っているのではなく、
今あるものがイヤだという人は、
無償であげるのではなく購入してください、
と最近では言うようにしている」

「被災者」がボランティアによる物資漬けに慣れ、
あれもこれも欲しいというのを際限なくあげていたら、
本当に自立復興などできなくなってしまう。
震災当初、ボランティアをはじめる際、ある女性経営者から、
「ボランティアするのはいいが、
絶対に地元の商売のジャマをしてはいけない」といわれたことも、
何でもあげることに違和感を覚えている要因になっている。

また、Aさんが子供向けイベントに対して懐疑的なのは、
震災当初に支援していた頃のある出来事があるからだ。
学校に支援していた入園・入学グッズは、
子供を亡くしてしまった親御さんの分も、
あった方がいいのではないかと考えたが、
先生から「家族を亡くしてそんな状況ではないから、
必要な分だけで十分です」と断られた。

その時、Aさんは思った。
「イベントをすれば被災地には傷つく子供もいるのではないか。
父の日や母の日、クリスマスのイベントをすれば、
親を亡くした子供に親の不在を思い知らされることになり、
心の傷を深めるのではないか」と。

そこまで心配する必要があるのかはわからないが、
でも本来なら家族を失った子供こそ、
心のケアや物資支援をすべきなのに、
イベントをして楽しむ子供たちの多くは、
確かにケアすべき子供たちではない可能性が高い。

「ボランティアが余計なことをするのはやめようと思いました。
本当に困っている人はまだまだいる。
必要かどうかもわからないイベントに労力をかけるなら、
間違いなく今、必要とされているものを、困っている人に届けたり、
ボランティアがなくても自立できるような支援をすべきじゃないか」

Aさんはイベント企画やイベント支援に熱中する、
ボランティアたちとは離れて、今は自立支援に力を入れている。

「私たちがハンドメイドのものを作って被災地に送るのではなく、
ハンドメイドのものを被災者の方に作ってもらい、
それを私たちが販売代行するという支援に切り替えました。
私たちが作って物を送るのではなく、
被災者の方に材料とミシンを送って物を作ってもらう。
それによって空白の時間を埋めることができるだけでなく、
少しでもお金が稼げれば自立のきっかけにもなる」

そうした支援をぜひしてほしいというところは、
「自分たちが稼げるようになったら、
支援してもらった毛糸代もミシン代も必ず返しますから」
といってくれる。
ところがこうした話に興味がないところほど、
あれもくれこれもくれ、まだ足りないと物資を欲しがるという。
ボランティアの行動によって、
被災者の気持ちが大きくねじ曲げられているのだ。

「被災者の気持ちが前向きにならなければ復興なんてあり得ない」
と多くの人がいう。
しかし今、一部ボランティアがやっていることは、
被災者の気持ちを前向きにさせるどころか、
ボランティアに言えば何でもくれると、
復興の自立心を立ち止まらせてしまっている。
だから「好きで無償でやっているのだから、
他人にとやかく言われたくない」という反論は成り立たない。
復興をむしろ阻害しているのだから。

今回の震災でボランティアの活躍は目覚しかった。
ボランティアなくしてこれまでの「復旧」はあり得ない。
多くの被災者の方々がボランティアに多大な感謝をしている。

しかしそれは震災直後から数ヵ月の初期の頃の話だ。
メディアがもっともらしく、
震災直後にボランティアに行ったら迷惑だみたいな話は、
まったくのでたらめで、
災害直後こそ、いくらでもやることはあり、
誰でもいいからとにかくボランティアに行けば、
大いに被災地に貢献できる。

しかし震災から半年以上が過ぎ、
そうした気持ちを引きずったまま、
いらぬ、余計な支援をしていないか?

今もなお困っている人はたくさんいる。
そこにまだまだ支援をするのは必要だ。
しかしいるのかいるのかもわらないイベント企画を、
ただ自分たちも楽しく子供たちも楽しむから、
という理由だけで無償支援することが、
果たして本当に被災地のためになるのか。

そうしたことを再考すべき時期にきていることを、
Aさんの話から痛感させられた。

・「検証・新ボランティア元年」

・被災地レポート
http://www.kasako.com/110311top.html

by kasakoblog | 2011-11-16 00:15 | 東日本大震災・原発

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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