みんなが被害者であり加害者の時代~悪党なき仕事の恐ろしさ「モダンタイムス」に思う
2011年 11月 20日
実に示唆に富むおもしろい本だった。
私たち一人ひとりの生き方について、
考えるべき内容が多いので、
読んでみるとよいと思います。
(下記からネタバレも含みますので注意)
はじめこの本はネット監視をテーマにした本かと思っていた。
なんでもかんでもネットで検索する時代。
その検索を利用して情報を集めて、
人を恐ろしいほど監視できる。
なんだかグーグル批判みたいなそんな内容かと思っていたが、
そうではなかったので非常におもしろかった。
何がおもしろいって悪党がいないこと。
その監視をしている正体を突き止めるべく、
いろいろ探っていくのだが、
最終的に向かいついた先は、
どこにでもある単なる会社だった。
そしてその会社は単に仕事をしているだけで、
別に何か悪いことをしているわけではないのである。
実に示唆に富む内容。
まるで今の日本や世界そのものだとも思う。
私たちにとって一番簡単なのは、
わかりやすい悪党がいて、
そいつがすべて社会を悪くしている、
諸悪の根源だという考え方だ。
だからマスコミは手っ取り早く敵を仕立て上げ、
それにのった国民が騒ぎ、
そいつに全部責任を押しつけて、
問題を解決した気になってしまう。
政治家とか経営者とか一企業とか。
でも今の社会ってそう簡単じゃない。
誰か一人がそれほどの権力を持つのは稀だ。
むしろやっかいなのは組織のシステムがそうなっていて、
みんなまじめに仕事としてその役割をまっとうしているのに、
その総体として結果的に社会にとって害悪になってしまうケースだ。
つまり一人一人が悪いことしている意識はない。
ただ自分の仕事をしているだけ。
なぜ悪いことしている意識がないかというと、
仕事があまりにも細分化され、
自分の仕事が社会にどのような影響を与えているかが、
わからないようになっているからだ。
そんなことをこの小説は見事に表している。
そんな組織として思いつくのは官僚だろう。
私は今の日本の社会が悪いのは、
政治家ではなく官僚組織だと思っている。
だからいくら政治家を変えても意味がない。
見ての通り、民主党政権に代わったのに、
菅氏や野田氏が首相になった途端、
自民党の首相とまったく同じ、
無駄遣いを削減せず、大企業の税金を下げるために、
ただただ消費税を増税し年金を削減するといっている。
財務省のいいなりじゃないか。
じゃあ官僚一人一人が、
何か悪事をしようと思っているのかというと、
多分そうではない。
政治家なんかよりはるかに頭が切れる、
優秀な人たちが集っていて、
国家のことを真剣に考え、働いているはずだ。
ところがなぜ国民を幸せにすることと乖離した政策を、
官僚が立案するのか。
それは組織とシステムがそうなっているからだ。
官僚組織の問題は省庁ごとの異動がないことと、
民間からの中途人材がないことだろう。
つまりみんな入社した時から、
自分の所属する省庁にとっていいことしか考えない。
そのために優秀な頭脳を使う。
それをみんな省庁ごとにばらばらにやっている。
しかもみんな細切れの仕事。
こうして日本全体を良くするという全体最適が失われ、
自分たちの省庁を良くするために何をすべきかという、
部分最適が優先されるため、
官僚は悪いことしている意識はないのに、
日本全体から見たらおかしなことになっている、
みたいなことになってしまっている。
いや、官僚だけじゃない。
民間企業もそうだ。
仕事だからやむを得ず、
本当に社会に役立つかどうかわからなくても、
もしかしたら多少は悪影響を与えるかもしれないと、
心のどこかで思う場合があったとしても、
みんな自分が生きていくために、
金をもらうためにその仕事を上からの命令通りにやる。
その仕事のせいで社会に与える悪影響は、
ほんのちょっとかもしれない。
言ってみれば、台風で自分の傘が壊れてしまった時に、
ちゃんとゴミ箱に捨てず、
「自分だけならいいだろう」と道端に傘を捨ててしまうように。
それが自分だけならそんなに社会に害悪はないかもしれない。
しかしみんながみんな「仕事だから仕方がない」と、
社会に少しだけ悪影響を与えるようなことをしたらどうなるか?
決定的な主犯はいないのに、
みんながちょっとずつ悪いことしているせいで、
社会全体は悪くなってしまう。
そう、みんなが加害者でありみんなが被害者。
まるで原発事故のように。
「モダンタイムス」に描かれた世界のように、
今の日本も世界も同じ。
誰か独裁者や悪党の親玉が一人で悪事を働いているのではなく、
誰もが仕事だから仕方がないと、
罪悪感なくやっていることが積み重なって、
誰もが生きにくい社会になってしまうという皮肉。
誰もが被害者なのに加害者になっている状況を変えるには、
ルールやシステムを抜本的に変えることも大事だが、
何よりも一人一人が「仕事だから仕方がない」ではなく、
その仕事をしたことでどんな影響があるかを考え、
もしそれが何か社会的悪影響を及ぼすようなら、
そうならないよう最善の工夫を凝らして、
仕事をするべきではないかと思う。
・文庫「モダンタイムス」