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空気に負ける日本人

日本が戦争に負けたのは「空気(ムード)」のせいだ。

今から約30年前に書かれた、
「空気の研究」(山本七平著)を読んでいるが実に興味深い。
というか未だに日本は「空気(ムード)」によって、
行動・判断がなされており、
そのために日本社会は時におかしな方向に流れる、
と感じることしばしば。

私がブログで一体、何と戦っているのかがわかった。
世の中の「空気」と戦っているんだと。

「あいつは空気が読めないやつだ」とよくいう。
空気=場の雰囲気を読むことは大事だと思う。
しかしこの空気がだんだんと絶大な力を持つようになり、
そのせいで人々の行動ががんじがらめになっている。

例えば3.11後の1週間や、
台風が来るといわれている時の出勤。
多くの人は余震がすごい、原発もやばい、台風もすごくなりそう、
電車のダイヤも乱れている、
だから普通通りに出勤するなんて難しいと思っている。
なかには「こんな状況で出勤する必要があるのか?」
と思っている人もいるだろう。

しかしここに絶大な空気が存在する。
どんな時であろうと「みんな」普通に出勤しなさいという、
無言の圧力だ。

誰かがそう言っているわけではない。
空気、としか言いようがない。
こんな状況で会社に遅れても誰も文句は言わない。
しかしそんなことは許されない空気が流れている。

こうして人々は空気に脅え、
どんなに非合理だろうが非効率だろうが、
「みんなの空気」に従わざるを得なくなる。
本当は「みんな」そんなのナンセンスだと思っているのに。
相互監視、連帯責任、みんな罰ゲームの、
カミカゼ特攻隊、死ぬ時はみんな一緒だから、
生き残るなんて不敬だって世界である。
そういう空気が未だに根強く日本には残っている。

わかりやすい例として災害時の出勤を出したが、
日本にはいろいろな場面で見えない空気が蔓延し、
個人の行動を厳しく規制している。
政治の問題だとか、特定の人をバッシングするとか、
そうした事象でも一方向に傾きやすく、
そういう雰囲気になったが最後、
リアルだろうがネットだろうが、
反対意見を言えない空気になってしまう。
実は反対意見が多い場合でも。

震災直後の自粛なんていうのも空気の1つだろう。
自粛すれば日本全体にマイナスになるだけで、
1つもいいことなんてない。
にもかかわらずあれだけの災害が起きたのだから、
外食なんて、居酒屋なんて、旅行なんて、買い物なんてと、
次から次へと意味のない自粛をして、
日本全体に経済的ダメージを与えた。
結局それは自らの首を絞めるだけにもかかわらず。

こうしたおかしな空気は変えなくてはならない。
先進国全滅債務危機が起きている最中、
放射能汚染でまみれた国で、
未だにオリンピックをやるとか、
とんでもないことを言っているのに、
東京都民が「災害時には強そうだから」と、
空気で選んでしまった都知事だが、
花見を自粛しろとわめきたてたが、
東北の酒屋が、自粛は東北を二度殺すことになるから、
花見をやって酒を飲んでくれという動画が注目を集め、
そこで空気が少しだけ変わった。

本当はみんな薄々感じているはずなんです。
「この空気に従ってもあんま意味ないんじゃない?」と。
でも空気の威力は絶大だ。
ここで逆張りよろしく「自粛は害悪だ。みんなで遊ぼう!」
なんて言った日には、はっきりとはみな言わないが、
そういう人の悪口を陰でこそこそ言ったり、
白い目で見たりするわけだ。
ぬけがけは許さない。
出る杭は打つ。
村八分の感覚だ。

だから日本を変えられるのは外圧か外人しかいないわけだ。
本音と建前を使い分け、空気を読みすぎる日本人では、
どれだけ非合理的なことが温存されていても、
そこにふれることはタブーなのだ。

ただ唯一の救いはネットがあること。
今もそうだがテレビと新聞によって、
ほとんど国民の空気は作られてきた。
しかし「それっておかしいんじゃない?」ってことが、
ネットでは誰もが簡単に言えるので、
おかしな空気に惑わされない反論が出やすくなった。
先の東北酒屋の動画もネットがあったからこそ広まったのであって、
これが10年前だったら花見自粛のせいで倒産したかもしれない。

本当はもうみんなこんな形ばかりのことやめたいと思っている。
無駄な長時間会議なんていらないとか、
会社に来れば働いていることになるとか、
残業代もらうために昼間わざわざさぼって夜残るとか
上司が帰らないから先に帰りづらいから、
仕事は終わっているのにネット見て時間つぶしているとか、
そんな空気はもううんざりだと思っている人は多いはず。

そこで誰かが勇気を持って発言する。
すると意外にも「誰かが言ってくれるのを待ってました!」
とばかりに賛同してくれる人が多いケースもある。
みな空気が怖くて言えなかっただけで、
内心みんなそう思っていたのだ。

私も時にこのブログで空気と戦っているんだと思う。
みんなおかしいと思っているのに、
空気という恐ろしい圧力に圧倒されて、
言うことすらできない。
「不謹慎」だとか「非常識」だとか「前例にない」とか、
「今まではこうだ」とか、まったく意味のない根拠で、
現実の非効率性が増幅され、
結果、誰も得せずみんな損するみたいな。

今年はこうした世の空気に逆らって、
「実はこうなんじゃない?」って言った記事が、
わりと大きな反響を呼んだ。
みんな内心思っていたんだ。
でも言えなかっただけなんだ。
「代わりに思っていることを書いてくれて、
ありがとうございます」というメールなどを、
今年は特に何度もいただいた。

空気は1人1人が生み出すもの。
でも空気に囚われていては、
このままではみんな沈没してしまう。

空気を読むことも大切だが、
おかしいと思った空気があるなら、
うまい形で異論を唱えるべきだ。
誰かが言わなければ何も変えられないし、
誰かが言うのを待っていても誰も言わない。

おかしな空気は変えていく。
そうした意識を持ってみんなが行動していけば、
みんなが損するための無駄な空気は、
一掃されるんじゃないかと思う。

圧倒的な空気に抵抗するには、
時に挑発や極論や事実の単純化をしないと、人々には伝わらない。
大阪維新をやってのけた橋下氏のように。

私もブログで引き続きおかしな空気があれば戦っていきたい。

・空気の研究

by kasakoblog | 2011-11-27 22:19 | 生き方

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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