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民主党を見限り総理を目指す!30歳の若手現職議員インタビュー

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国民の多くが政治に変化を期待した民主党政権は、
今や自民党政治と同じ、いやそれ以下の、国民背信政治を続けている。
こうした中、民主党執行部の政権運営に疑問を持ち、
2011年6月に民主党議員ながら、
菅内閣不信任決議案に賛成したのが、
横粂勝仁(よこくめかつひと)議員だ。

30歳の新人議員ながら、民主党を飛び出し、
新党「改革の志士」を立ち上げ、
信なき政治を終わらせるため、政権獲得を目指している。
若手議員にもかかわらず、大きな後ろ盾を捨て、
思いきった行動をしている横粂議員とは何者なのか、インタビューした。
(取材日:2012年4月17日)

<1>“権力成金”と化した民主党
民主党大躍進となった2009年8月の選挙。
自民党の小泉純一郎元総理の息子、小泉進次郎氏と激突し、
恋愛バラエティ番組「あいのり」に出演していた人、
といえば覚えているだろうか?
その人が横粂勝仁氏だ。
小選挙区で小泉ジュニアに敗れるも、
比例で復活当選し、民主党の一員となった。
若干27歳の若手新人議員の誕生だ。

「はじめの1年間は政権交代の高揚感があり、
民主党内にも活気がありました」と横粂議員は言う。
しかし次第に民主党政権は淀み始めた。

「一言でいうなら“権力成金”。
今までお金を持っていなかった人が、
急にお金持ちになっておかしくなってしまうように、
野党だった民主党が、急に権力を持ったことにより、
その力に溺れるようになってしまった。
個々の議員には素晴らしい志高い人がたくさんいても、
政党全体としては機能しなくなってしまった。
マニフェストや政治改革がどんどん後退していく。
だんだんおかしいなと思うようになりました」

「若手の1年生議員だろうが、
おかしいことはおかしいと言うべきだ」
横粂議員はそう思ったが、
若手議員の言葉を執行部はまともに取り合ってくれない。
それどころか「1年生議員のくせに生意気いうな。
党の言う通りにして黙っておけばいい」
とたしなめられるばかり。
党にいながら党のおかしな行動を変えられない、
自分の無力さやはがゆさを感じる日々が続いていた。

<2>震災が党を出る決意を決定的に
そして転機となったのは2011年3月11日。
東日本大震災だ。
横粂議員は民主党災害対策本部の福島県対策室の一員となり、
3月末に福島県南相馬市やいわき市に飛んで、災害対策にあたった。

被災地の悲惨な状況を見て党内に対策を進言する。
しかし一向に改善されないことが多い。
「避難所が寒いとか暗いとか、
そんな問題すら上にあげてもろくに進まない。
命にかかわることなのに、なぜこんなに遅いのか。
多くの被災者が苦しんでいるのに……」
現場を見てきただけに、
菅首相の震災対応に苛立ちを募らせていった。

「大災害が起きているにもかかわらず、
菅総理からは国民の命を最優先で守るという、
強い意志や覚悟が感じられなかった。
また、総理や執行部がミスすれば、
自分のメリットになると考え、
足の引っ張り合いをしている民主党内にも失望しました。

与党だけでなく野党も、政治が一丸となって震災対応をすべきなのに、
揚げ足取りばかりしている現状を目の当たりにしました。
政治家になる前から政治家はひどいと思っていましたが、
正直ここまでひどいとは思いませんでした」と横粂議員。

このままでは国民が見殺しにされてしまう。
与党にいても何もできない。
それどころか数合わせで、国民のためにならないことにも、
若手議員という理由で、
無条件で党に賛成しなければならなくなってしまう。
そこで菅首相に不信任決議を突き付け、民主党を離れた。

もちろんこの行動に対して批判の声もある。
「与党にいた方がいいのではないか」
「比例代表で当選したのだから離党するのはおかしい」
しかし「信なき政治」を行う与党に加担することは、
投票してくれた国民を裏切る行為と考え、
自分の信念に従い、決断した。

「おかしいと思っているのに、
執行部の言うことを黙って聞いていたら、国のためにはならない。
若手新人議員だからこそ、きちんと声を上げ、
行動しなければならないと思いました」
こうして横粂議員は与党を飛び出し、
無所属の個人一議員となった。

<3>政治改革を主眼に据えた新党
議員になったからこそわかる日本の政治家のひどさ。
そこを改革しなければ国はよくならない。
「党利党略・自己保身・先送り・リーダー不在の、
既存政治を一刀両断したい」と考え、
新党「改革の志士」を立ち上げ、政策を掲げている。

様々な政策を掲げているが、第一に政治改革を掲げている。

・首相公選制
国民から直接選ばれ、4年間変わらないリーダーを日本に。
長期ビジョンと信頼関係に基づく外交を。

・一院制
衆議院と参議院を統合して国民議会を創設。
激動する国際社会に迅速に対応できる国会に。
議員定数150。

・一府制
全ての省庁を廃止し、内閣府の部局にすることで、
小さくとも機能する政府を。
内閣府の官僚一括採用により、
省益ではなく国益を追求する官僚に。

・道州制
北海道東北州・関東州・中部州・関西州・
中国四国州・九州沖縄州の6州を創設する。
地方のことは地方で決める。
規模のメリットにより、地方行政を効率化。

※全政策ビジョン
http://ameblo.jp/katsuhito-yokokume/entry-11227248200.html

さらに横粂議員は信念を貫くため、
驚くべき選挙区変えを行った。
横須賀から、菅直人前首相のいる、
東京18区に転身したのだ。

選挙区を変えるのは並大抵のことではない。
これまで横須賀で地道な活動を続け、
認知が広がっていくなか、
選挙区を変えたらまたゼロからやり直しだ。
しかも菅首相のいる選挙区。
個人無所属議員が前首相に挑むのは、
自分が当選するための「計算」ということで考えたら、
「無謀」ともいえる行動だ。

しかし横粂議員は、
「私は将来の総理を目指しているのだから、
前総理に勝てるぐらいの実力がなければ意味がない」
と信を貫く姿勢は揺るがない。
「菅前首相の震災対応がおかしいとして党を出たのだから、
筋として菅前首相と選挙で戦い、国民から信を問いたい」という。

横粂議員はこんな話もしてくれた。
「党内には菅氏の悪口や批判をする人もいっぱいいた。
でもすぐに解散されたら自分が当選できないかもしれないから、
不信任決議案には賛成できない。
でもそれは自己保身の何物でもない。
私は胸を借りるつもりで正々堂々と戦いたい」
政治改革を掲げる以上、まがったことはしたくない。
たとえ世間一般から「無謀」と思われようとも。

<4>ネットが政治を変える
横粂議員は若手議員らしく、
ネットもフル活用し、政治活動を行っている。
党を出て無所属議員になってしまい、
金銭面では与党議員時代に比べて大変厳しい。

「政治家の給料は確かに高いかもしれません。
しかし可処分所得で考えれば、
弁護士時代の方が自分の自由になるお金はあった。
政治活動をするための事務所経費など、
政治にはお金がかかります。

だからこそ政治家は企業献金をもらい、
その企業に有利になるような取り計らいをしている結果、
国民のための政治が行われなくなってしまった」
横粂議員はこうした弊害をなくすため、
ホームページでネット献金を募集している。

「政治家なんかに1000円だって払いたくない、
と思う気持ちはよくわかります。
でもだからこそその貴重なお金を寄付してください、
と呼びかけています」

新人議員ゆえ、選挙で当選するための、「地盤、看板、鞄」もない。
しかしネットは国民との双方向性もあり、
真の民主主義を実現する最適なツールだ。
ブログ、ツイッター、ミクシィ、フェイスブックをはじめ、
Youtubeで定例記者会見を行い、政策を訴え続けている。

「ネットが現状の政治を動かすこともある。
単に失言をとらえて政治家をつぶすといったことだけでなく、
政治家の品定めをしたり、
政策への建設的な意見をするなど、
国民もネットをもっとうまく活用すれば、
政治はよくなっていくのではないか」

何の後ろ盾もなくなった30歳の若手議員は、
前首相の選挙区に鞍替えし、
政治改革を行うため、地道な活動を続けている。

こんな現職議員がいるなんて、私はまったく知らなかった。
私は横粂議員のことを、
「あいのりに出ていた人」「小泉ジュニアに負けた人」
としか知らず、民主党を離党したことも、
新党を立ち上げたこともまったく知らなかった。

たまたま知人からその話を聞き、
30歳の現職議員にもかかわらず、
そんなことをしている人がいると聞き、
私が考える政策にも近いところがあるので、
インタビューさせていただいた。

45歳で政治家になり50歳で総理になると、
明言している私自身が、
現状の横粂議員の政治活動の枠組みの中で、
何か政治活動を始めるということは、
今の時点ではまったく考えてはいない。
私は私なりに国をよくするために、
45歳までにジャーナリストとしての知名度を上げて、
そこから首長→新党立ち上げ→国政第一党という、
橋下ルートが最善ではないかと考えてはいるが、
30歳の若手議員にもかかわらず、
現状の政治を憂い、現職議員として、
気骨ある活動をしているので、
今回ブログで紹介させていただきました。

ぜひみなさんもそれぞれの目で、
いろんな政治家の品定め力を養ってください。
その上でどの政治家がよいのかを選んでほしいと思います。
国民が変わること。
国民が政治や政治家に関心を持つことが、
政治を変える第一歩だと思います。

<プロフィール>
1981年、愛知県出身
2005年、東京大学法学部卒業
2005年、司法試験に合格
2006年、「あいのり」出演
2007年、大手弁護士事務所勤務
2008年、民主党候補に決定し、大手弁護士事務所退職
2009年、衆議院議員当選
2011年、民主党離党(除籍)
2012年、新党「改革の志士」設立

<Q1>いつ頃から政治家を目指したのか?
小学生の頃から。
トラック運転手の父親が政治が好きで、
角福戦争(田中角栄と福田赳夫の権力闘争)の話を、
よく私にしてくれたりして、
興味を持つようになりました。

政治の話はなかなかしにくい。
父は私が政治の絶好の話し相手とみていたようで、
逆に私も政治の話をできるのは父ぐらいで、
政治の話題が父子間のコミュニケーションでした。

<Q2>東大を目指したのはなぜか?
政治家になるといっても、
私には何の人脈もコネもお金もあるわけではありません。
そんな私が何かできることを証明するには、
「努力の物差し」の一つである学歴において、
最高学府に合格すれば、
自分がやり通せる力を示せるのではないかと思ったからです。

<Q3>官僚にはなりたいとは思わなかった?
父はトラック運転手で経済的にも非常に苦労したことから、
公務員、官僚にぜひなってほしいと思っていたようです。
私は政治家になるためにまず官僚になろうかとも、
考えた時期はありましたが、
官僚出身の政治家が私の目指す政治家像なのか、
と考えるとそれは違うので、官僚は目指しませんでした。
自分が目指していたのは、
組織にとらわれない独立した政治家でしたので。

<Q4>なぜ弁護士を目指したのか?
政治家になるにはどうしたらいいかと考えた時に、
弁護士がいいのではと思いました。
法律の専門家なら政治に活かせること。
また弁護士は政治家とは違い、
大勢の人を助けるというより、
依頼者の個別の問題を解決する職業です。
個別の問題を解決する力がつけば、
政治家になって大きな問題を解決する時に、
国民目線を忘れず、政治ができるのではないかと思いました。

<Q5>「あいのり」になぜ出演したのか?
「あいのり」が好きでずっと見ていました。
「あいのり」は恋愛バラエティと捉えられがちですが、
世界各地の文化や歴史や宗教や問題なども見れる、
メッセージ性の強い番組だと思っていました。
番組に出演すれば世界を見ることができるだけでなく、
いろんな人と交流し、恋愛や友情を育むことができる。
私はこれまで人と広く浅く付き合うタイプで、
どこかで他人に対して壁をつくっているところもあり、
そんな自分を変えたいと思い、出演することにしました。
この番組での経験は政治家になった今も、
活かされていると思います。

<Q6>なぜ民主党から立候補したのか?
政治家になるのは弁護士として、
10~20年働いた後だと漠然と思っていました。
しかし弁護士になって今の政治家とも会う機会があり、
今の日本の政治のひどさを目の当たりにし、
1日でも早く政治家になって政治を変えたい、
という思いが高まったこと。
また政治がひどい原因と考えられていた戦後の自民党政治を、
政権交代によって終わらせることができるのではないかと思い、
自民党政治を問うため、民主党から出馬し、
小泉首相に戦いを挑むため、
横須賀で立候補したいと志願しました。

・横粂議員ホームページ
http://yokokume.jp/

by kasakoblog | 2012-04-23 00:51 | 政治

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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