バンドマンがITベンチャーの社長?!海保けんたろーインタビュー
2012年 05月 10日
今から5年前。バンドのドラマーにインタビューした際、
彼はいつかやってみたいことの1つとして、
「会社を経営したい」という話をした。
今、彼は2011年に会社を設立し、
ITベンチャー企業の株式会社ワールドスケープ代表取締役社長になっていた。
バンド「メリディアンローグ」のドラマー、海保けんたろーさんだ。
なぜバンドマンが会社を設立したのか?
バンド活動と会社経営は両立するのか?
競争激しいIT業界の中で会社は成長していけるのか?
話を聞いた。
(取材日:2012年4月)
1:社長になりたいのが夢ではない
夢として「社長になりたい」という人はよくいる。
しかし今や会社設立の敷居は低くなり、
誰だってなろうと思えばわりと簡単に社長になれる。
問題は社長になって何をしたいかだ。
5年前のインタビューを振り返り、
「有言実行で社長になるという夢を叶えましたね」
と話を切り出した私に、海保さんは、
「会社経営それ自体が夢ではないんです。
自分がやりたいことを実現する手段として、
たまたま今、会社経営が最良だったので、社長になりました」
と答えてくれた。
海保さんがやりたいこととは何か。
実に明確な答えが4つ。
①有名になりたい
②人気者になりたい
③多くの人に影響を与えたい
④お金持ちになりたい
とっても正直な夢だと思う。
これだけ自分の欲望に素直になって、
やりたいことを公言できる人って意外と少ないのではないか。
「この4つを実現できる手段が、
自分にはドラムをたたくことだった。
いろいろなバンドでドラムを演奏していたが、
その中でも音楽的に圧倒的に光る、
メリディアンローグというバンドを成功させることが、
自分の夢を実現する道だと思いました」
彼は夢を実現するため、
バンド活動に力を入れてきた。
2008年にはメジャーデビューを果たした。
しかし音楽業界はめまぐるしく変わっていた。
過去の成功モデルが通用しなくなっていたのだ。
「このレールを歩いていても、
自分の目標を達成することはできない……」
CDが売れない時代になった。
アーティストの収益源であるCDが売れない。
それはネットなどの社会環境が変わったから。
その環境に文句を言っても仕方がない。
不可逆的な変化が起きているのだから。
「『最近CD買った?』っていろんな人に聞いても、
ほとんどみんな買っていない。
CDで収益を得るのは難しい時代になった」
このままではダメだ。
CDが売れない時代にバンドで成功するためには何をすべきか。
メリディアンローグのメンバーと話し合って、
出た結論が曲を無料にすることだった。
ただ無料でネットに公開するにしても、
Youtubeにアップしてしまうことではない。
なぜなら誰が聴いたかわからなくなってしまうからだ。
曲は無料にするがメルマガという形をとることにした。
そうすれば誰が聴いているかがわかる。
その方にライブ情報などを届けることができる。
そのためにネットサイトが必要になった。
サイトを立ち上げるには個人より法人の方が何かと便利。
そこでメリディアンローグで会社を設立することになった。
「だったら僕に社長をさせてほしい」
こうして海保社長が誕生した。
2:自分の私利私欲が社会の役に立つ
「有名になりたい」「人気者になりたい」
「多くの人に影響を与えたい」「お金持ちになりたい」
という4つの夢がエネルギーとなり、
その手段として自分の得意な音楽があり、
バンドが売れるためにメジャーでの活動から、
サイトの立ち上げと会社設立に切り替えた。
そんな4つの夢を海保さんは自ら「私利私欲です」と笑って話す。
「でも私利私欲が活動のエンジンになっていることは間違いない。
でも資本主義ってよくできたもので、
社会のためになること、みんなのためになること、
本当に素敵なものを作ることが、
結果として自分の欲求を満たすことにもなるんです。
矛盾した言い方かもしれませんが、
私利私欲が動機であっても会社経営になると、
していることは必然的に社会の役に立つことになるんです」
「自分が音楽で成功して4つの夢を実現したい。
そこで立ち上げた無料楽曲配信サイト『フリクル』は、
崩壊した既存の音楽業界のビジネスモデルを、
新たに立て直すモデルケースとなる可能性が高い。
CDが売れない時代でも、
『フリクル』によって、アーティストがファンを増やし、
ライブの動員を増やしたりグッズを売ったりして、
食べていけるようにきっとなる。
リスナーにとってもいろんなアーティストの曲を、
無料で聴けるようになる。
会社のこの事業はアーティストやリスナーの役に立っていると実感しています」
だから会社経営がおもしろくてたまらない。
いわば立ち行かなくなった音楽業界を、
ビジネスを通して問題解決しようとしているのだから。
それが自分たちの成功にもつながり、
自分の欲望を実現できることにもなる。
事業の将来性を感じ、2012年3月には、
ベンチャーキャピタル会社から出資もあった。
株式会社ワールドスケープが行う、
無料楽曲配信サイト「フリクル」が対外的にも評価され、
それがきちんと事業として成り立っている。
「会社を設立して1年、そろそろ資金が問題になるタイミングで、
いい出資話を受けることができてよかった。社長らしい仕事ができた」
とうれしそうに話してくれた。
3:音楽業界に詳しいIT会社が少ない
とはいえビジネスの世界はシビアだ。
特にIT業界の栄枯盛衰は激しい。
小さなITベンチャー会社が、
数多くの大手IT会社のなかで、
サイトを成功に導けるのだろうか?
「ITに詳しい会社はいっぱいあります。
でも音楽業界のことを理解しているIT会社は少ないんです。
僕らの最大の優位性は、
音楽業界の実情に合わせた適切な仕組みを作れることです」
海保さんがあるITコンサルタント会社と話をしていた時のこと。
「こんなチケットシステムがあったらいいのではないか」
というアドバイスを受けたが、
チケットの取り置きなどが慣習となっている、
インディーズ業界の現状を考えると、
あり得ないシステムだった。
「音楽業界的に的外れなアドバイスする人も多かった。
その時、思ったんです。
ITに詳しいだけではダメなんだなと。
むしろ音楽業界のことを深く理解してないと、
ユーザーに支持される音楽系サイトの成功はない。
そう考えると僕らにはものすごいチャンスがある。
音楽に詳しいIT会社は少ないですから」
株式会社ワールドスケープがやろうとしているのは、
音楽業界の新たなビジネスモデルのスタンダードを作ろうとしていることだ。
会社のメンバーはインディーズもメジャーも経験し、
しかも実際に現役のアーティストとして、
今もバンド活動もしている強みがある。
「IT会社が音楽系サイトに乗り出す動機は、
儲かりそうだからといったこと。
でも自分たちの場合は違う。
短期的に儲かるか儲からないかということではなく、
CDが売れない時代でも、
アーティストが食べていけるためのシステムを作ることが使命。
長期的な意味での“利益”を追求して、
サイトに取り組んでいるから、
どこにも負けない自信を持ったサービスを提供できる」
会社の事業で音楽業界の新たな成功方程式を作る。
それが自分たちのバンドの成功にもつながる。
自らがサイトのユーザーでもあるので、
サイトに取り組む真剣度合いが違う。
もちろんいいことばかりではない。
この1年、何度か苦境に陥ったこともある。
「社長をしていると、喜びも100倍だけど苦しみも100倍。
そのすべてを背負わなければならない。
なぜなら社長には上司がいないから。盾がない状態。
それが楽しくもあり大変でもある。
でも僕の場合、共同創業者である、
メリディアンローグのメンバー2人がいるので、
社長一人で悩まず、メンバーに相談することもでき、
その分、随分と気は楽です」
年末にメリディアンローグのメンバーで集まり、
改めて自分たちの最終目標を見つめ直す会を持った。
その時、「自分の最高の1日をイメージしよう」
という話になり、海保さんはこんな1日を想像した。
「午前中は会社で社長として働き、
午後から東京ドームや武道館クラスの会場で、
ライブをして帰ってくるみたいな生活」と。
そのために今、何が必要か。
音楽制作面はボーカルの涼さんにまかせている。
海保さんの役割は、
「2014年末までに、実力を持っており、
宣伝努力も怠らないアーティストがフリクルを使えば、
音楽活動だけで生活していけるインフラを作る」ことだ。
バンドマンがなぜ会社経営をと思うかもしれない。
でも今、海保さんにとって、
メリディアンローグにとって、
アーティストにとって必要なのは、
新たな音楽のビジネスモデル。
それを自ら会社を立ち上げて作ろうとしている。
それが海保けんたろーさんであり、メリディアンローグなのだ。
バンドの成功はもちろん、
会社としての成功も追い求められるようになった。
「ワールドスケープがアップルのような会社になりたい」
と海保さんが語った。
「では海保さんは未来のスティーブ・ジョブズですね!」
と私は返した。
「何をそんな大それたことを」と思うかもしれない。
でも数年後、このインタビュー記事を読み返した時、
彼は日本のスティーブ・ジョブズになっているかもしれない。
社長業をした後、ドームでライブをする。
数年後に彼がどんなことをしているか、
またインタビューで紹介したい。
・フリクル
http://frekul.com/
・メリディアンローグ公式サイト
http://meridianrogue.com/
・最新アルバム「白地図と羅針盤」
・2007年海保けんたろーインタビュー
http://www.kasako.com/sakuhin.files/kaihokentarou.html