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原発は必要悪だと思っていた

私は東日本大震災以前から原発に反対していたわけではなかった。
そんな私がなぜ原発をテーマにした映画を作ることになったのか。
また映画製作にこれまで関わったことがない私が、なぜ映画監督になったのか。
ことの経緯や映画製作への思いについて、
2014/1/18に武蔵小金井での上映会で行った監督トークの動画をアップします。
また動画で見るのは面倒という方には、下記テキストをお読みいただければと思います。

※なお今後の映画上映会での監督トークで似たような話をする可能性がありますので、
ネタバレがイヤだという方はご注意ください。
また若干ですが映画の内容にふれてコメントしているところもありますので、
こちらの方もネタバレ注意でお願いいたします。


http://www.youtube.com/watch?v=yo3sSmXS0WU

映画「シロウオ~原発立地を断念させた町」の監督をしております、かさこと申します。
本日は多くのみなさまにご来場いただき、誠にありがとうございました。
今日は記念すべき上映第一日目です。
誰よりも早くこの映画を見ていただいたみなさまに感謝申し上げます。

これから映画製作にいたった経緯や、
この作品への思いについて話をさせていただきます。

1:原発は必要悪
今回、原発をテーマにした映画を撮りましたが、
私は昔から原発問題に関心があったわけではありません。
2011年3月11日の東日本大震災が起きるまでは、
なければないに越したことはないものの、
今の現代人の生活や日本の社会状況を考えると、原発は必要悪だと思っていました。

私は仕事柄、いろんな取材をしており、
この東京電力管内の電力需要の約3割が、
原子力発電所によるものということを知っておりましたので、
いろんなものが電気で動くこの時代に、
3割もの電源供給をまかなっている原発は、
危険なものなんだろうし、ない方がいいに決まっているけれども、
現実的には必要悪なんじゃないかといった風な考えていました。

2:震災直後は「外国人は騒ぎすぎ」
ところが2011年3月11日。東日本大震災が起きました。
そしてみなさんもご存知の通り、東京電力福島第一原子力発電所で事故が起きました。
でも震災直後は正直、これほどまで、原発事故がひどいことになるとは私は思いませんでした。

映画では徳島の蒲生田原発に反対した米山さんは、
震災直後から「これは大変になる!」と思ったというシーンがありましたが、
昔から原発に詳しかったわけではない私は、
原発事故がこれほど長引くとは当時は思ってもみなかったのです。

今でもよく覚えていることがあります。
福島原発が事故を起こした直後のこと。
海外の知人が「日本はチェルノブイリみたいに大変な事態が起きている!」
とフェイスブックというネットの交流サイトに海外のニュースを投稿し、
私の方にも「東京は大丈夫ですか?」と心配のメールがきました。

でも正直、私は「外国人は騒ぎすぎ」だとその時は思いました。
確かに事故は起きた。
でも技術立国の日本で、チェルノブイリ並みの事故が起きるわけがないと。
ですので「東京は大丈夫ですよ」と返信しました。

3:津波被災地の取材へ
私は震災直後、原発事故より津波被災地のことが気にかかっていました。
私はその時はまだ会社に勤めるサラリーマンでした。
仕事は記事を書いたり、写真を撮影したり、パンフレットを作ったりする、
制作会社にいたわけですが、分野は金融や経済が専門。
震災直後に副編集長をしている金融専門誌で、
エコノミストに震災後の日本はどうなるか、緊急特集を組んで取材したのですが、
彼らは復興需要で来年はV字回復するという予測をしていたりして、私は違和感を覚えたんです。

震災でひどい被害が現状進行中にもかかわらず、
東京で電卓叩いて被害総額がいくらだから、その分の復興需要がいくらで、
GDPの成長率が何%になるといったような話の前に、
まず現場を見て、今の復旧の手伝いをするべきなんじゃないかと。
そこで私は土日を使って個人的に被災地取材に出掛けるようになりました。

4:福島いわき市へ
各地の被災地を取材しましたが、縁あって、
福島のいわき市で毎月のように取材をするようになりました。
福島ではありましたが、原発被災者ではなく、
津波被災者の避難所や仮設住宅での取材やボランティアの手伝いをしていたわけですが、
場所柄、ここは福島原発から約40㎞~50㎞あまりのところ。
原発被災者も多くいましたし、原発作業員の方も多くいました。
福島での被災地取材を続けていく上で、
津波被災の問題より原発が大きな問題になるのではないかと思い、
原発取材にシフトしていくようになりました。

5:福島原発20キロ圏内へ
なかでも2012年3月末に福島原発20キロ圏内に立ち入ったことが今でも忘れられません。
一般の人が立ち入り禁止されているエリアで、
20キロ圏内の動物保護をしているボランティアの方と同行し、
許可を得て立ち入ってきました。

そこで感じたのは見えない恐怖の恐ろしさ。
原発に近づくにつれて放射線量計の数値がどんどん上がっていく。
はじめは0.いくつという数字だったのに、
それが1になり5になり、10になり、
一番高かったのは40マイクロシーベルト/時にもなりました。

でも残念ながら私には何も感じられない。
私だけでなくその場にいたボランティア4人も同じ。
線量が上がったからといって頭が痛くなったりするわけでもないし、鼻血が出るわけでもない。
もし線量計を持っていなかったら、ここは安全な場所だと思い込んだでしょう。
その見えない恐怖が、より原発問題の深刻さを痛感したのです。

その後、線量が高く、家に住めなくなった原発被災者の方に話を聞きました。
今まで家族みんなで暮らしていたにもかかわらず、自宅に戻れなくなり、
バラバラに暮らすことになってしまったそうです。
この時、強く感じたのは、これは福島だけの問題ではない。

ある日突然、宇宙服のような白装束をまとった集団が現れ、
「あなたの家にはもう一生帰れません。二度と近づかないでください」
という冗談みたいなことがこの日本で現実に起き、
かつ今後、他の原発で事故が起きれば、
原発がある町だけでなく、かなり広い範囲の町に住む方でも、
そんな事態に追い込まれる可能性があると知ったのです。

また、原発事故対応をした時の首相・菅直人氏の、
「東電福島原発事故・総理大臣として考えたこと」という本を読みました。
私は民主党びいきでもなければ菅直人びいきでもありません。
中にはこの本を「原発事故対応の言い訳だ」と批判する人もいます。
でも私は原発事故対応にあたった首相の本を読んで、
いかに自分が原発事故に対して楽観視していたか恥ずかしくなりました。
この本で菅元首相は、最悪の場合、
首都圏含めて5000万人を避難させなければならないと考えていたと書いています。

一歩間違えば、この東京も福島と同じように、
移住しなければならなくなっていたかもしれない。
原発の問題は福島だけの話ではない。
他人事の問題ではない。
そこで原発をテーマに取材をしていくべきだとと思いました。

6:原発を拒否した町があるという驚き
さて原発問題の取材をどこから手を付けようかと思った時、
たまたまネットで、新潟の柏崎刈羽原発の反対運動視察ツアーというのを目にしました。
市民団体のたんぽぽ舎というところが主催しており、1泊2日のバスツアーでしたが、
それに参加することにしました。
私はそこでジャーナリストとは名乗らず参加していました。
市民団体への警戒心もあり、中立的な立場で物を発言するためには、
ある程度の距離をとっておきたい、との思いもあったからです。

柏崎刈羽原発が見える海岸に行き、私が写真を撮っている時、
「あなた、プロのカメラマンですか?」
と突然、背後から声を掛けられました。
「構えが違う。プロでしょ」
それがこの映画の発案者でありプロデューサーの矢間秀次郎氏との出会いでした。

矢間氏はこのツアーで自身が編集人を務める「奔流」という冊子を参加者全員に配布していました。
ツアーから帰宅し、それを読んで驚きました。
日本には原発計画がありながら、住民の反対運動によって阻止した町がいくつもあり、
当時、反対運動に加わった人を取材したルポが載っていたからです。

その後、岩波新書から出ている「原発をつくらせない人々」という本で調べると、
なんと原発計画がありながら原発を作らせなかった場所が30か所以上もある。
私はそれに驚きました。
原発計画があった場所は全部原発ができたと思い込んでいたからです。

チェルノブイリ事故が起きる前にもかかわらず、
原子力が輝かしいエネルギーとして喧伝されていた時代、
しかも過疎の貧しい地域で、誘致すれば莫大な金が入ってくる誘惑があるのに、
なぜ彼らは原発に反対したのだろうか。

いわば福島原発事故が起きると予想を的中させた住民たちの声が、
福島原発事故後、原発をどうすべきなのか考える上で、
参考になるのではないかと思ったのです。

7:映画製作へ
そこで原発立地を断念させた町の取材をしようと思いましたが、
日々の仕事に流されて、なかなか一歩踏み出すことができませんでした。
そんな矢先に、2013年の正月に、
一度しか会ったことがない矢間さんから電話がかかってきたのです。
「映画監督をやってみませんか?」と。

私は正直、新手の詐欺話か何かと思いました。
映画監督するから映画に出資してくれみたいな。
でもそうではありませんでした。

でもなぜ矢間氏が突然電話をかけてきたのか。
矢間氏は私が年賀状代わりに名刺交換した人などに、
無料で配布している冊子「かさこマガジン3」の死の町レポートを見て、
映画監督抜擢をひらめいたそうです。
映画関係にまったく携わったことのない私は、
映画という手法には戸惑いを感じたものの、
取材したいと思っていたテーマで映画を作るのであれば、
何らかの形で参加したいということで、はじめは助監督という話だったのですが、
いつのまにか監督になって、今こうしてこの場に立っているわけです。

8:子や孫のために今、反対しなくてはならない
映画に登場した和歌山の民宿を営む濱さんが、
「原発の問題は今やらなければならない。
今、反対しなかったら大変なことになる。
自分のためじゃなく、子や孫のためにやらなあかんのや」
と言っていましたが、私もまさにその気持ちでこの映画に取り組んでいます。

原発再稼働が争点となる今、
福島原発事故が起きる30年以上も前に、
原発は危険であると感じ、原発を建てさせなかった人の話を聞いた上で、
原発問題を考える必要があるのではないか。
ぜひ多くの人にこの映画を見ていただき、
今、我々は原発問題をどう考えたらいいのか、参考にしていただければと思います。

・思わずもらい泣きしてしまう、映画を見て感想を書いてくださった方がいます。
http://teizanne.exblog.jp/21868000/

・元首相・菅直人氏も見ていただき、ブログに紹介していただけました。
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11753232072.html

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by kasakoblog | 2014-01-20 22:19 | 東日本大震災・原発

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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